(サイカチ物語・第一章・ルーツ・17)
六
朝、いつもより少し遅い食事を摂りながら、妻に、今日十時頃、クラスの及川君と熊谷君が来ると伝えた。妻は、また急にそんなことを言う、聞いていないと口をとがらせる。来るのは来るんだ、と理由も何もない。妻も呆れてはいるものの、それ以上のことは言わない。ただ、部屋の掃除をしなくちゃ、と早く食事を済ませるよう私を急かせた。リビングを特別掃除することもなかろうと言おうとしたが、妻からどんな言葉が返ってくるか分からない。言葉にしなかった。
今日がゴールデンウィークの始まりで月曜日まで三連休だ。昨日の夕方五時近くに職員室を覗いた熊谷君が、連休はどこかに出かける用事が入っているかと聞いてきた。特に無い、家にいるよと言うと、明日、及川君と訪ねて良いかと言うので、構わないと応え午前十時の約束をした。ちょっと早い時間だなとも思ったが彼の言う時刻で、良しとした。
十時少し前に三人が来た。熊谷君、及川君に千葉さんも一緒だった。玄関口で千葉さんを見た妻は少し驚いた顔をしたが、すぐに玄関横の和室を開けて三人にコートを畳の上に置くよう指示してリビングに案内した。妻がリビングを整理整頓、掃除をしていて良かったのかもしれない。男二人をすぐに私の部屋に案内しようと考えていた私の予定も少し狂った。
「皆さんは、コーヒー、紅茶、どちらが良いかとしら」。
千葉さんが突然お邪魔して済みませんといい、及川君が応えた。
「コーヒーをお願いします」。
私の分も含めてコーヒーになった。
妻が入ると、聞くことも言うことも話が長くなる。彼らの訪ねてきた目的には関係が無い。それを押さえるために私は男二人がコーヒーを飲み終わったら追加の座布団一つを持って二階の私の部屋に案内しようと考えた。しかし、ここで予定外だらけの妻の機嫌を損ねてはいけない。結局、最近の学校生活の話や後一年でなくなる高校の話でリビングに三十分近くも居ることになった。
私の部屋に案内した。小さいテーブルを真ん中にして及川君は机を背に、熊谷君は本棚を背にした。後ろにスペース的に余裕のあるクローゼットを背に千葉さんが座った。前回の男三人のときよりもう一人が加わったのだから六畳の部屋は更に狭く感じた。予めエアコンで部屋を暖めておいたが、座布団が無ければ腰から冷えてくる。腰が落ち着くと、私は彼らが口を切る前に話すことにした。
「ちょうど三人が揃ってくれて良かったよ、連休明けに君たちに集まってもらって伝えようとしていた。今年度の藤高新聞は事務室主体でまとめ、発行することになった。
君たちの部活ノートを見せて貰った翌日の夕方、校長と教頭、それに事務室長と私の四者で話し合った。掲載する内容として学校の歴史や先輩達の誇れる事跡等は誰がまとめるのが適任か考えたときに、君達の部活の範疇ではない。事務室が編集・発行するのが妥当だと意見がまとまった。最終号の学校新聞の編集・発行は事務室主体にして、編集作業に不安を抱く事務室を私が手伝うことになった。
今までの学校新聞発行は一、二年生主体で、三年生は就職活動、受験勉強を優先してきたからね。そのことも考慮して三人はアンケート調査を行い、『生徒の未来に向けた発信』を取り纏めることで今年度の部活とする、それで良いと校長、教頭の理解を得た」。
千葉さんが及川君と熊谷君の顔を覗うように見たが、二人は殆ど同時に、はい、と言ったきりだ。かといって不満や不服があるような仕草でも表情でもない
「学校の歴史や先輩達の誇れる事跡等を三十周年誌から拾うと言っても、その記念誌そのものが事務室管理ですものね」。
千葉さんの言葉に続けて、私が了解してもらえたかなと言うと、今度は三人揃って、はいと返事した。それで学校新聞のことは一先ず終わりだ。