この学校に、新年度は進学か就職かの三年生しかいない。三人しか残らなかった新聞部もまた活動そのものが出来るのか危惧されていたところだ。二人は私の所に来るまでにかなりの時間、二人で話し合ったことだろう。

   しかし、私は、新聞部を辞めると意思を伝えに来た二人にそれが良いともダメとも言えない。部活を辞めて受験勉強一本に絞ったから志望する大学の合格を保証されるわけではない。また部活を継続したから受験に失敗するというものでもない。受験の合否は受け入れる大学等のその時受験した生徒間の相対比較だ。結果はどうあれ、大事なのは自分が悔いの無い受験勉強をしたと自分で思えれば、それは自分に納得できるし親も含めて他人に恥じることはない。部活が悔いの残る材料の一つになると思うなら自分で部活を辞めるほかはない。二人と時代も環境も異なることを承知の上で、私は私の体験した受験失敗の苦い経験と支えてくれた回りの人の事を交えながら話した。

  私はベビーブームの団塊の世代で育ち、受験地獄とか灰色の青春と揶揄された時代に受験に失敗した落第生だ。勿論、現代の彼らの置かれている受験事情と比べることは出来ないが、当時、家族に経済的負担をかけられなかった私は受験に失敗した後、上京してアルバイトで資金を稼ぎながら予備校に通った。しかし、勉強に割く時間が徐々に減り、結局次の年も受験に失敗した。その果てに大学進学が条件で支給されることになっていた日本育英会の奨学金支給の資格も喪失した。その結果、二年遅れて夜間大学を選択して入学金を兄に頼り、大学の教務課にお願いして年間の授業料を毎月分割にして貰ってバイトで稼いだ金で負担した。そういう苦い経験をした私には、二人が今、部活を辞めて受験勉強に専念したいというのは選択枝として「有り」なのだ。学習指導要領は受験や就職活動に臨む生徒を部活の部長・副部長から外すのが望ましいと記述している。

   自分自身の努力と家族の支えの大切さを伝えて新学期になったらそれぞれの気持ちを改めて聞かせて欲しいと言った。過去にも何度か三学年を担当して進路指導をしてきた私だが、定年間近になってもこの程度のアドバイスしか出来ない。簡単なようで難しい問題なのだ。改めてそう思う。

  私の言えることも途切れると、今日は自分達の出した結論を言う。それが出来たという安心感と私の話に何か得るところもあったのだろう。二人の顔が和らいでいた。その後、二人は初めて私の部屋を見渡す余裕が出てきた。

「先生は国語の教諭なのに、なぜこんなに歴史物の本を置いているのですか」。

及川君が聞いてきた。及川君と熊谷君には文庫本よりも大きくて分厚い歴史や歴史上の人物に関連する書籍が目に付いたらしい。

職業柄とも言えるし金がないから高く付く単行本は買えないとも言えたが、夏目漱石の「我が輩は猫である」や「草枕」、「こころ」、森鴎外の「舞姫」、「高瀬舟」、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、「トロッコ」などこの数十年間に大学受験の国語の問題に何らかの形で出題されることの多かった小説の文庫本を収集している。小説では自分が好きな山本周五郎や松本清張、池波正太郎、司馬遼太郎、笹沢佐保等の作家の文庫本もかなり本棚に並んでいる。

  また小説に限らず教養本も安い岩波文庫に頼っていた。一般民衆に教養と知識を普及させる、概ね評価が定着した作品を発行する、そういう目的が岩波文庫にあると耳にしたことがある。私など典型的にその目的に合致した一般民衆ということになる。

  本の数としては文庫本の方がはるかに多い。しかし、数が少なくても分厚い歴史関連の単行本が占めるスペースは文庫本と同じくらいだ。しかも、その歴史関連の書籍は高橋富雄の「奥州藤原氏四代」、高橋克彦の小説「火怨」、「炎立つ」、小和田哲男の「伊達政宗知られざる実像」、紫桃正隆の「仙台領の戦国誌」など平泉文化や仙台藩に関わるもの中心で集めている。私自身が、自分の郷土をよく知りたいと思う、自分の意思で集めたものだ。

  背表紙に書かれている本の名が二人の気を惹きやすかったのかも知れない。「国語と日本史の授業で聞いたことがあるけど、実際にはどのようなことが書かれているのですか」。

  熊谷君が手にしていたのは貴志正造の「全訳吾妻(あづま)(かがみ)」だった。一冊の幅が約三センチある五巻と約一センチの別巻に別かれていて、並んでいる他の文庫本の十五冊分のスペースを占めていた。

「その本は鎌倉幕府の公式記録と言われている本だ。源氏と平氏の合戦、鎌倉幕府草創期から平泉藤原氏征伐、源頼朝の奥州遠征、鎌倉幕府にかかる将軍記録、内紛と滅亡、そして、君たちの祖先が記録されている」。

二人とも驚きの表情をした。

「本当ですか、俺たちの祖先が載っているんですか?」。

及川君が念を押すように聞いた。