事務室は三人体制だ。生徒の募集停止と教諭の削減に合わせて事務職員の定数の見直しも行われた。熊谷事務室長と経理担当の佐藤さんが正規職員で、朝倉さんは本校の予算経費で雇用しているパート職員である。定数見直しの時の二年前から勤務している。勤務は原則生徒が通う開校日で朝八時半から午後五時半までと聞いている。
職員室に十二人全員が揃ったところで朝の職員会議が開かれた。星校長の挨拶は簡単なものだ。これからの一年、生徒が少なくても教諭に求められるものに変わりはない、精一杯、生徒のために勤めを果たしましょうと言った。いつもと違ったのは教諭それぞれに代理がいないこと、それだけに各先生自身がこの一年、健康の維持に十分留意して欲しいと要請した。外に教頭から今日一日の予定について説明があり、生徒はいつもの始業式の日の通り二時限で終了、下校と伝えられた。
始業式は一時限目の始まる八時三十五分から予定していた。講堂に行くと、集まった生徒はいつものことで思い思いに立ったまま騒々しく元気が余り過ぎているように見える。
甲高い女生徒の声が一番響く。やはり久しぶりに見る友達がいて高揚感が自然と沸いてくるのだろう。声の大きさにも身振り手振りの大きさにもそれが現れていた。肌寒さを感じる広い講堂なのに若さがあふれている。かつて入学式のときに張り廻らされた紅白幕は今日は無い。父兄の姿も来賓の姿も無い。町会議員から来賓として出席したいがと問い合わせが校長にあったと聞いたが、父兄の参加が無いこと、学期ごとの始業式と同じように単なる始業式であることを説明すると電話は切れたそうである。
講堂の入口から五メートル程の窓際に各教諭が並ぶと、自然と生徒の声が静まり、生徒は習性で普通科と農業科それぞれに縦二列男女別に後ろの方まで長く並んだ。広い講堂にこの並びはいかにも奇妙に映る。教頭が生徒達に声をかけて、普通科も農業科も男子二列女子一列で並び変えるよう指示した。四列が六列になっただけだがまとまりが見られる。改めて整列し終えると、この学校最後の年、平成十九年度の始業式が始まった。
司会進行役の氏家教頭が式の開始を告げ、黒板に書かれた順番に従った。一段高いステージから下がって各教諭の立並ぶ席との間に置かれた黒板には一、校歌斉唱、一、校長挨拶、一、クラス担任紹介とだけ書かれていた。
教頭が校歌斉唱というと、音楽担当の高橋先生と普通科の生徒の列から抜け出てきた女子生徒がステージに登壇した。登壇してすぐの所に置かれているグランドピアノの前に女生徒が座り、ステージ中央に高橋先生が立った。このパターンは例年のことだ。
二人の伴奏と指揮で校歌斉唱が行われ、終わると星校長が登壇した。
「久しぶりに見る生徒の皆さんが元気に見えるのは何よりです。知っている通り、あなた達がこの学校の最後の生徒であり、三十八名です。少ない人数ですがこの一年、誰一人欠けること無く卒業式を迎えられるよう、最後まで勉強に、そして運動に勤しんで欲しいと思います。世界には勉強したくても出来ない環境にある同世代が沢山います。自分の置かれている立場だけで無く、視野を広げ、世界を見て周りをみて、自分を磨くことに心がけてほしいと思います。生徒間の関係、先生との間、それぞれのコミュニケーションを大切にして下さい。この一年で一歩でも成長して欲しいと願っています。各先生はそれを支援します・・・」。
講話を交えた挨拶だった。それが終わると担任の先生の紹介で普通科、岩城克彦先生、農業科、金野為次先生とフルネームで発表された。生徒達の間に多少のざわめきが広がったが、すぐに静かになった。私と金野先生は他の教諭より一歩前に出て、斜め前に見える生徒達に向かって頭を下げた。生徒にとって農業科は金野先生に決まっているが、普通科は誰が新三年生の担任になるのか関心事だった。県教育委員会が三月初めに県内高校教諭の人事異動を発表した。それが翌日の岩手日報や他の全国版新聞の岩手欄等に掲載され、二年生普通科の担任だった先生が他校に転勤したことが父兄や生徒の間に知られていた。