事務室長から預かった生徒名簿一覧表と出席簿を机の上に広げた。個人の名前は、読み方と漢字表記に間違いがないか確認しておく必要がある。「安部」が「あべ」と読むのか「あんべ」とよむのか、「わたなべ」の「なべ」が「辺」なのか古い「邊」なのか、生徒は勿論、父兄への連絡や教育委員会への報告等で人名の間違いは許されない。

   生徒名簿一覧表も出席簿も、いつものようにアイウエオ順で整理されていた。一目瞭然で、及川(おいかわ)小野寺(おのでら)熊谷(くまがい)佐藤(さとう)佐々木(ささき)千葉(ちば)畠山(はたけやま)三浦(みうら)の苗字を持つ生徒が並ぶ。この町と周辺地域に多い苗字である。日本に多いと言われる鈴木姓や田中姓は二十三人の名簿の中に一人も居ない。

「岩城先生、(あと)一年ですね、宜しく頼みます」。

ストーブに暖まっていた教頭が、背中越しに声をかけてきた。

「こちらこそご指導宜しくお願いします」。

振り返って、立って頭を下げた。私にとって後一年は二つの意味を持つ。この場合、どっちを言っているのかなと、ふと思った。

「今年は新任の先生は居ませんし、生徒も繰り上がった三年生だけで入学式もありません。準備と言えば生徒名簿の確認と当面の教材の準備ですかねー・・・」。

最後の語尾を少し伸ばしながら言う。

「後輩が誰も居ないという、生徒の気持ちはどういうものなのでしょうか、どう感じているのでしょうかねー。この一年も生徒がポジテイブに物事を捉えて行動できるようにしていかねばとは思っているのですが・・・、多少不安もあります」。

「その時その時に考えて、対処していくしかないでしょうね。誰もこういう状況を経験した先生はいませんしね」。

   金野先生が間に入って言った。金野先生はもう一つのクラス、農業科を担当する。明日から新年度になるが、始業式まではまだ六日ある。お互いに必要と思う準備に時間を充てるしかない。

  この高校は来年三月末をもって廃校と決まっている。県教育委員会の決定であり、現場は学校の新設・改廃の決定権を持たない。少子化の波は岩手県全体で進み、小・中学校の統廃合があちこちで珍しくない。県立高校が再編を余儀なくさせられる程までに少子化が進んでいた。

   この高校がある東磐井郡(ひがしいわいぐん)と隣の西磐井郡(にしいわいぐん)を合わせた両磐井郡は、合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の数を表す)が二十年以上も岩手県全体より高い。しかし、出生の数で見れば昭和五十五年に年間二千人超にあったが、今は凡そその半分にまで落ち込んでいた。他の地域と変わり無い傾向を示している。ここ数年の小・中学校の統廃合の進捗と、定員割れが続く本校の生徒数の状況を合わせて考えると現場から統廃合反対を叫ぶような現状ではない。町の人々が、高校が無くなれば余計に若者がいなくなる、町の衰退に一層拍車がかかると高校存続を望む声を県教育委員会等に上げたと聞く。しかし、結果が見えている虚しい抵抗だった。来年四月から隣町の県立千厩(せんまや)高等学校に統合するとされている。千厩高校の全日制は普通科、生産技術科、産業技術科とあって、農業科に特色のある藤沢高校は事実上廃校である。二年前から生徒募集停止となって今年の生徒は三学年のみである。普通科定員四十名のところ在籍二十三、農業科定員三十名のところ在籍十五で始業式を迎える。