三 夜話三 その一
炊事場がらエレベータのある側の廊下に出るど目の前が大広間だ。一段高ぐなっている縁側に上がって襖を開けるど仕切られた部屋の広さは十二畳はあっぺ(有るだろう)、左側になる舞台から二、三メートル程離れでテーブルが三つ縦にくっついで並べられでいだ。椅子がその左右に五つずつあったけど隣の席との間隔が空いでいだ。普段は三人掛けのテーブルらす(し)い、一つの長さが一メートル八十は有るべ(有るだろう)。
テーブルの上にはお盆だけが置がれでいで、対面のお盆の位置が少す(し)横にズレて配置されていだ。テーブルの幅が一メートル二十ぐらいは有りそうだったがら人ど話には斜めになってもう少す(し)離れで話すことになっぺ(なるだろう)。
出入口と反対側の窓は開け放たれ、網戸が目に付いだ。コロナ騒ぎの三蜜を避けるために旅館側が考えで用意す(し)てくれだ工夫だ。俺達の急な頼みに応えでくれだ配慮だった。
テーブルの上に有ったポットを持づど重みが有った。
「お湯が入ってるべ(よ)」。
俺が言うど、真向かいに席を取った及川さんの奥さんが反応した。
「今、お茶を淹れっから」。
伏せであったお盆の上の湯飲みをひっくり返す(し)たのは奥さんの横に座った及川さんだ。言葉にす(し)なくても二心伝心の仕草に俺は感心す(し)た。
「疲れだべ(でしょう)。二時間も立ってんべ(立ってたでしょう)。ゆっくりすてけろ(して下さい)。餅を焼ぐのは六時ちょっと前からで良えべ(良いでしょう)」
「何から何まで、奥さんにお世話になるね。ありがどう」
「何、お互い様。年齢が年齢だがら出来るごどを少す(し)づづやれば、それでいいんだ」。
旦那の方が俺の言葉を受げで言った。
「いやー、こんなに及川さんにお世話になるなんて思っても居ながったよ。二人が居でくれで助かった。千葉さんの思いがけねャ(ない)申す(し)出で食材集めの苦も心配も無がったす(し)、皆さんに助けられだね。」。
俺の横がら畠山さんだ。千葉さんがその隣から言う。
「お安い御用だべ(でしょ)。自分家の畑、竹藪で採れだものばがりだもの。俺がここさ居ねャ(居ない)時でも電話一本掛げでくれれば余程のこどが無ャ(無い)限り持って来んべ(来ましょう)」。
「俺も畠山さんも軽ぐ考えでいだがらな。何時もの誰がの部屋に適当な物ど酒コを持ってニ、三人集まる時ど違うもん(の)な」。
口にす(し)たお茶がちょっと熱がったけど美味す(し)い。畠山さんも千葉さんもお茶を口にす(し)た。
「この部屋の用意に、俺達の買った刺身を預がって一人一人の小分けにす(し)てくれるって旅館の大将が言ってだ。コロナコロナだがら俺達の岩手でまだ患者が出ていなくても山盛りは止めだ方が良え(良い)って。
時間が来たら各自のお盆に小皿でマグロとスルメイカを用意すっ(る)からって大将の気配りだ。煮す(し)めの分も一人一人の皿を用意するって言ってだ」。
旅館の主人をさす畠山さんの言い方が何時もの旦那がら大将に変わっていだ。感謝の気持づ(ち)が言葉に表れでいだ。俺はあんこ餅と雑煮のお椀、酢の物の小鉢、茶わん蒸す(し)、刺身の盛られた皿にアユの塩焼きの乗る皿、煮す(し)めの皿と野菜サラダの小皿が有るお膳を想像す(し)た。まずまず(まあまあ)様になっているなど一人頷いで言葉にす(し)ながった。変わりに、自分達が用意す(し)た料理があって酒コがあって、楽す(し)い夜になっぺ(なるでしょう)ど言った。
「この歳でこうす(し)て自分達の食べる物を自分達で用意するなんて、話すコ出来る機会を作れるなんて幸せなごどですよ。たまに家族揃って庭でバーべキューをするごどあっ(る)けど皆息子と嫁、孫の準備す(し)たものに俺も主人もただご相伴(ご馳走)になるだげ、俺も久す(し)ぶりに餅コの準備が出来で楽す(し)がった」。
「及川さん所(の所)は去年の今頃だったべ(でしょう)、息子さんに嫁ご取ったのは?。貴方が良え(良い)がら嫁姑の問題はなかんべ(ないでしょう)?」。
聞いだ俺は簡単な返事(返答)があるものど思っていだ。