「今何時(なんず)だ?」。

由利さんが聞いだ。

 「今、ちょうど九時十五分」。

俺が腕時計を見ながら応えた

 「俺は先に引きあげっぺ。嫁が心配す(し)ているべ(だろう)」。

由利さんの言葉に畠山さんが反応した。

 「んだな(そうだな)。(はなす(し))こ長くなった。いつもの寝る時間(ずかん)だもんな。(おら)もいづも

九時(くず)半がら十時(じゅうず)の間、十時(じゅうず)前には布団に入ってる」。

(おら)もそうだなど頷いだ。それがこのちょとす(し)た時事(ずず)放談の終わりを告げるものだった。(ただ)一人(ひとり)ワンカップを口にす(し)たご婦人(ふずん)が皆さん早いんですねど言う。畠山さんだった。

 「俺達(おらだづ)皆七十を過ぎでんだ(過ぎている)。見だ(どご)貴方(あんだ)(だづ)(あど)十年ぐらいだべ(でしょう)、俺達(おらだづ)ぐらいの(とす)になっ(る)ど分かるべ(でしょう)。夕食を食べ終わったど思うど眠ぐなる。床に就ぐのも早ぐなる。そす(し)て朝は苦も()ャぐ(無く)四時(よず)五時(ごず)に目が覚めでっぺ(覚めている)」。

(おら)の横のご婦人(ふずん)は酒三個と手の付がながったチーズ三個をビニール袋に入れで、良かったら明日にでも飲んで下さいど(おら)の目の前に差出す(し)た。畠山さんの顔をちらっと見るど、ご遠慮なくいただきますと(おら)の代わりの言葉だった。

俺達(おらだづ)三人が席を立づど、三人のご婦人方(ふずんがだ)も立づ(ち)上がった。畠山さんの目の前のご婦人が、良いお話を聞かせていただいて有難うございましたと(あだま)を下げながら言う。畠山さんは、もう少す(し)す(し)たら錦秋(きんしゅう)()大滝(おおたき)五色(ごすぎ)の水流も見られだべ(見られたでしょう)、タイミングが悪がったなど言う。酒を飲んだご婦人(ふずん)五色(ごすぎ)の水流って何ですがど聞いだ。立ったまま俺が説明す(し)た。

 「ここはダムの上流の山腹が崩れやすい地域(ついき)なんだ。湯田ダムに上流から土砂も流れで来るべ。そうなっ(る)と長年のうづ(ち)にダムに予定す(し)ていだ水量を溜め()めなぐなるべ(なるでしょう)。それを避げるためにダムの上流に更に土砂を食い止めるためのダムを造った。

それが湯田(ちょ)()ダムだ。そのダム内部に通路を設げであって一般の人が自由に往来できるようになってる(いる)。通路に立つど上がら流れ落ず(ち)る水を見られるんだ。まるで裏見の滝だべ。その流れ落ず(ち)る水に赤、青、緑、黄色、ピンクの五色の光を当ててんだ(当てている)。何時(いづ)七月(すずがづ)一日(ついだづ)から十月の(はず)めまでの夕方がら夜九時(くず)までライトアップされる。全国二千七、八百あるダムの中でも五本の指に入るって言われでいる()え(良い)景観だべ(よ)。

(たす)か平成十四年だったと思う。早いもんだな。一般公募す(し)て錦秋湖大滝って呼ばれるようになってもう十七、八年になっぺ(なるでしょう)。そうそう、今年(こどす)は世の(なが)恐ろす(し)いコロナコロナだべ(でしょう)。ん(そう)だがら命を懸げでコロナと最前線で戦っている医療従事者(だづ)に感謝の気持づ(ち)を込めでライトアップはブルー一色だって聞いでる。岩手県はまだコロナ患者ゼロだげど頑張っている皆さんに対する感謝の気持づ(ち)は皆同ず(じ)だ。こんな田舎でも変わらねャ(ない)ぞ」。

 首を縦に振って、分がった、感心す(し)たという顔をす(し)たご婦人方(ふずんがだ)だった。

 「毎年(まいとす)五月には花火大会とか日本陸連公認のマラソン大会が開がれる、七月には(まづ)りも有るべ。郷土芸能の(おに)剣舞(けんばい)も披露される。見ごでャ(見ごたえ)のある勇壮な踊りだぞ。(あぎ)になったら名前の通り湖周辺は紅葉が彩るす(し)、冬の厳す(し)い時を除いで釣り客も多いべ。アユもヤマメもイワナも釣れる。春先や冬の渡り(どり)を目当でにバードウオッチングに来る(ひど)も居る。貴方(あんだ)(だづ)の見でャ(見たい)もの(あず)わいたいものに(すぼ)って是非まだこの旅館にでも来てけろ(来て下さい)。

 ここは雪の多い何処(どご)だ。農閑期の冬に周りが(ゆぎ)一面(いずめん)の雪見酒に温泉も()えべ(良いでしょう)。幻想的な秋田の横手のカマクラを見に来るのも()えべ(良いでしょう)。そん(の)(どぎ)にここさ(に)寄ってけらいん(下さい)。コロナに負けねャ(ない)で是非今度は旦那(だづ)どでも来てけろ(来て下さい)。(まだ)機会があってお会い()()だら嬉すいべ(嬉しいよ)」。

 畠山さんの地元を紹介する語り口にご婦人方は頷いた。それから畠山さんと由利さんと(おら)はそれぞれに「お休みなさい」、と言った。(のご)る三人のご婦人(ふずん)がらも「お休みなさい」、と返ってきた。フロントの内にはいつの間にが旅館の息子の顔だった。部屋に向がう俺達(おらだづ)に微笑みながらお休みなさいと言う。女将の姿は見えながった。

 部屋に向かう途中、俺は貰った酒とチーズは明後日(あさって)の晩の足すにすっか(しよう)、預かって置くべ(置きましょう)と二人に言った。(おら)より先の三百十二号室が畠山さんの今回の部屋だど聞いでいだげど、由利さんご夫婦の部屋が佐々木先生ご夫婦の隣の三百十七号室になっているどは聞くまで()らながった。