「旅館の旦那が、客が居ないって嘆ぐのを聞いだばかりだ。旅館の浴衣を着ている所を見るど旅館部の方に泊っていん(るん)だべ」
「旅館部って?、あっ、ええ、ここに昨日今日泊めていたただいてます。普通の旅館と変わらない設備に三食付きで一泊七千三百円なんて安いですよね。食事は自分達の部屋で摂れましたし出されたお料理の方もまあまあでしたよ。
聞いては居ましたけど本当に旅館の周りは新緑の山と小川だけで食事をする所もお土産を売るお店も無いんですね。散策していたら近くに障害者のグループホーム施設と小さな神社がありました。
明日は横手に抜けて角館の街並みを見学してそこの旅館に泊ります。翌日は田沢湖を見てその近くで一泊、五日目は小岩井農場ですね。私達も農家なものですから最後は農場でも見ようかって、そこに泊って翌日午後に盛岡から新幹線です」。
「えっ、五泊六日。良え(良い)旅だね」。
畠山さんが指を折りながら言った。
「旅館でパジャマ姿って、見たこと無い」。
俺の側に座った手前のご婦人だった。
「そうだべね。ここは俺達にとって湯治場だ。湯治湯だもの風呂に入った後は自分で持って来た浴衣がパジャマ姿になんべ(なる)」。
畠山さんが応えだ。
「湯治旅館と聞いて来たけど普通の旅館と変わりないなと思っていたの。お三方の姿を目の前にしてやっと湯治場だって感じがする」。
畠山さんが持参の浴衣で由利さんと俺がパジャマ姿だ。俺の側に座ったもう一人のご婦人が同輩の胸の辺りから顔を覗かす(し)て旅館の部の部屋ど俺達の部屋の違いは何がど聞ぐ。
「湯治部の部屋には床の間が無ャ(無い)。窓際に板の間のスペースが無ぐて、そごに置がれるテーブルと椅子も無ャ(無い)。洗面所、トイレも無ャ(無い)。布団を出す(し)入れする押す(し)入れど洋服棚があって一般的な家の六畳一間を思えば良え(良い)。ただ、部屋になんぼが(幾つか)の皿付きで食器棚が置いである、冷蔵庫がある」。
俺が言うど、三人が揃ってへーっと言う。そして、畠山さんの側のご婦人が言う。
「木造の古い建物、歩くと床がきしんで音が出る、部屋は廊下と障子の間仕切りで壁の衣文掛けに洋服がぶら下がり、畳の上に万年床、そしてそこここに温泉の香りがする、そんなイメージでいたけど清潔感のある建物に湯治場のイメージが変わりました」。俺は思わず言った。
「何十年前の湯治場だ、今でも木造モルタルの建物を売りにす(し)てっとご(しているところ)もあっ(る)けど、何処の湯治場も清潔感がある。そうでねャ(ない)ど、今時、客は来ねャ(来ない)」。
畠山さんが、その歳でも文学少女でいられるっのが良えべ(良い)と言う。
「ごめんなさい、お気を悪くしたかしら」。
「いや何、貴方達が来てくれだのがコロナコロナで困っている旅館の助けになってんだがらまた来てけらいん(来て下さい)。高橋の旦那に変わってお礼言うぺ(言いましょう)」。
そう言う畠山さんの言葉に俺が続いだ。