腕時計は七時に少す(し)前だ。ニュースを見るには良い時刻だなど思う。起ぎるごどにす(し)た。床は万年床のままだ。テレビを点けるど同時に、かすかにドアをノックする音がす(し)た。返事をす(し)て開げるど目の前に小柄な佐々木先生の奥様だった。半袖のワンピース姿で微笑んでいる。
「おはようさん。起こす(し)て迷惑かけだべが(かしら)。ノックす(し)て良え(良い)のがちょっと迷ったべ。昨夜の残り物だけど千葉さんも主人も余り食べなかったがら御飯が余って余って。食べてけらいん(下さい)。キャベツとキュウリを刻んで塩もみす(し)たがら持って来た」。
手にはご飯を盛った丼ぶりと深さのある茶碗に漬物だった。その恰好ではノックしずらかったべ(かったろう)と思う。
「有難うごぜャあます(ございます)。今がらご飯を炊ぎに行こうがど思っていだ。漬物も良いべ(良いですね)。俺も好きだがら。」
「なんぼ(幾ら)でもあっから足りなかったら御飯も漬物も欲す(し)いだげ言ってけろ(下さい)。炊飯器のご飯はまだ温がいがら」
「いやあ、これだけあれば朝飯は十分でがす(です)。昨夜の残りの鍋を温めで食べようど思っていだどごろでがす(です)。先生は元気に起きだべが(起きたでしょうか)」。
「ええ、大丈夫でがす(です)。嬉す(し)がったみたいですよ。久す(し)ぶりにあんなに酒コ飲んで。来て四日目だべ。話相手が何時も俺だけだったがら千葉さんが来てぐれでよっぽど(余程)嬉す(し)かったんだべ。良がったら今晩でも明日の晩でもまだ来てけらいん(来て下さい)。何も準備はいらねャ(いらない)がら。来るど分がれば、俺の方で少す(し)ばがりのものだけど、食べる物用意すっ(する)から。」
「有難うごぜャあます(ございます)。何、骨休めにここさ(に)来でやるごどあるわけでねャ(ない)がら、また寄せでもらうべ(もらいましょう)。行くどぎは早めに連絡すっぺ(しましょう)。貰ってお返す(し)になるようなものが何も無ャ(無い)けど・・」
「そったなごど(そんなこと)は良いの。気にす(し)ないで。連絡あるのを楽す(し)みにすっ(る)から」。
頭を横に振ってニコッとする奥様は俺のばあ様と違って品がある。口にす(し)たら女房は怒るべと思いながら見送った。テーブルに丼ぶりと漬物を置くど冷蔵庫の鍋だけ温めてくれば良え(良い)。ご飯は炊がなくても良え(良い)。お昼はうどんにでもすっ(る)かど思った。
炊事場に行くどまた畠山さんと八重樫さんだった。昨日も会ったけど何処の誰だが分がらねャ(ない)ご婦人も居だ。背中を見せで調理台で何かを刻んでいるらす(し)ぐリズミカルな音を出す(し)て右肘だけが小刻みに動いでる。畠山さんは目玉焼きを作っていだ。その横に置いである皿には先に炒めだらす(し)いキャベツとニラがのっかっていだ。八重樫さんは鮭を焼いでいる。俺は鍋をガスコンロに掛げで、蓋を開げだ。
「こんなに余ってる、少す(し)持って行がねャ(ない)が?」。
覗き込んだ二人が口をそろえた。
「良え(良い)ね、美味す(し)そう。ご馳走になんべ(なりましょう)」。
「酒コが入ったがら佐々木さんも俺も話すが長ぐなって具が一杯余った。先生の奥様も小食だす(し)な。肉は固くなってるげども味は良え(良い)ぞ」。
調理台の横に並べられである旅館備え付けの共用アルマイト鍋二つに小分けするごどにす(し)た。