指さす(し)た先には蛍光灯入りの高さ三メートル、幅五、六十センチはあるべ(あるだろう)大きな看板に大風呂、露天ぶろ、サウナ、蒸かし風呂等と風呂の設備が書がれ、その下に神経痛、リュウマチ、胃病等々に効果があるど温泉の効能が続いである。上から二番目を見てけろ(下さい)と同輩が言う。
「黄金風呂って有っぺ。二十畳はある広さで床も壁も入る湯船もキンキラキンだ。男湯も女湯も有っぺ(有る)。入って見らいん(見て下さい)。ツルツル美肌の湯だす(し)言うごど無ャ(無い)。あれがこの旅館の特長だべ。俺は毎年ここさ来てんべ(来ている)。文句無す(し)だ」。
言いながら一人首を縦に頷いだ。三人は楽す(し)み。早ぐ風呂に入って見だいと言う。手にはそれぞれが引きずる旅行鞄を手にす(し)ていだ。
昔は誰もが大きなハンドバッグだった、それからハイカラなリュックサックが流行り、そす(し)て今はこれだべと思いながらキャスター付きの赤、黄、緑の鞄を眺めだ。俺はリュックサックのままだ。その右袖のポケットには何時もの通り釣り竿を畳んである。
大きな看板を左に見で玄関口は目の前だ。軒先の大きな一枚板木に黒々と横に書かれだ高橋旅館の看板をご婦人三人が見上げでいる。俺は先に中に入った。
省エネのためだべ(だろう)明がりが少ながった。女将がビニール袋を寄越す(し)て、いらっしゃい、スリッパ、といつも通りに応ず(じ)る。自分の部屋に靴を持って行ぐためのものだ。フロントには女将の旦那が待っていだ。その後ろの机のパソコンの前には息子が座っていだ。何時もの宿帳に名前と住所を書き込むど予約す(し)た通り今回は七泊八日と伝えだ。
太目で背の高い旦那だ。
「今日は三百十号室を用意す(し)てある、奥さんは如何す(し)た、元気だべが」。「何、孫娘の結婚式が近くて、自分でも何がやん(やる)ごどが有ん(有るん)だど、今回は来ねャ(来ない)。大す(し)たする事も無かんべ(無かろう)ど思うけんども(思うけれども)」
苦笑いす(し)ながら応えだ。それで納得す(し)たのか旦那は顎を引いだ。
「今回は何時も利用すっ(る)時の半分だべ(よ)。何、秋には例年通り夫婦揃って二週間は泊まらせてもらうべ(よ)」。
一言付け加えだ。川沿いに自然の段差をそのまま利用す(し)て建つ旅館はフロントが三階になる。後から入って来だ同輩とご婦人三人に、お先に、と言ってそごを離れだ。
何時も通りに女将に貰った段ボールを小脇に抱えで俺は鍵を手に勝手知った廊下を歩いだ。泊り客になって居んべ(居るのだろう)、短い廊下でも俺より歳の行ったように見える老夫婦と行き違った。確か小野寺さんと言ったべ。軽く会釈す(し)て通り過ぎ、給湯室も炊事場も横に見で通り、途中、トイレに寄ってがら今回の俺の部屋に入った。
入り口近くに据えられだ冷蔵庫の上に鍵を置いで、ビニールに入れたまま靴棚に靴を置いだ。何時も女房と来る時は八畳の部屋が用意されてん(る)けど今日は六畳だ。それでもエアコンはあるす(し)座卓にテレビ、冷蔵庫があり食器棚がある。食器棚のガラス越す(し)に旅館備え付けの大皿、小皿とコップが見えだ。トイレは無ャ(無い)けど小さな洗面所もある。自炊する者の泊る部屋とす(し)ては十分だ。