座敷戸を後ろに堀炬燵の定位置に座ろうとしてちょっとよろけた。衝撃が大きかった。朝早いところを見ると逮捕なのかと、何時かテレビドラマで見た刑事たちの踏み込み時刻を思いもした。座りなおすと俺は寡婦に、他に何か知っていることが有るのかと聞いた。首を横に振る彼女に今朝の一番茶を淹れた。そして、言った。
「まだ何がなんだか分がら無ャ(無い)。逮捕されだのが、聞く事情が有って連れで行がれだのかハッキリし無ャ。事情が有ったのは確かだべんげど(確かだろうけど)やたら騒ぐと良いごどは無ャ、寅次の奥さんのために暫ぐは近所の皆には内緒にす(し)ていだ方が良え(い)」
昼近くになって、先生も隣の婆さんも、はす向かいの親父も、近所で一番若い夫婦も揃って俺の家に来た。向かいの寡婦は黙って居られなかったのだと思う。俺の淹れたお茶を前に、それぞれがそれぞれに憶測で言うけど、最後は、あんなに一生懸命寅次の面倒を見ていた、あの歳で良く寅次の介護をしていた、愚痴をこぼさなかった、痣の出来た顔をしていたことが有ったけど聞いても何も言わなかった。大人しい、優しい人だったと皆が語る。だけど、パトカーに載せられた理由は誰にも分らない。結局、半日でも一日でももう少し様子を見よう、そのうち戻って来るよ、ということになった。
遅い昼飯になったけど簡単だから今日も饂飩にした。雨は降ったり止んだりを繰り返している。粘土質の畑に行っても長靴に泥が付いてろくに作業は出来ない。この歳だから泥に足を取られて転んだら如何なるかも分からない。昼寝を何時もより少し長くできる。腰の痛みが今日は出ていないけど骨休めに良い。そう思うと寝床から枕だけ持ってきた。
床に座布団を敷いて横になると、誰かが俺の家に来ても困ることはない。耳が遠くなっているけど直ぐに応対できる。だけど横になって十分もしないうちに思いもしない客が来た。刑事と制服の巡査だった。
勿論、寅次の家のことだった。近頃変わった様子はなかったかから始まって夫婦仲はどうだったかと聞かれた。奥歯に物が挟まったような言い方で寅次の奥さんが睡眠薬を飲んでいたのを知っていたかと聞いた。介護は大変だったろうけど夫婦仲は良かった、先生に聞いていたけど睡眠薬のことは知らないと惚けた。二人が帰った後、隣近所を聞いて回っているのだろうかと思った。何故か起きて二人の後姿を目で追うことが出来なかった。眠れるハズも無かった。
その夜、七時ちょっと前だ。昼に顔を見せた隣近所の人達がまた揃って一緒に来た。向かいの寡婦が勝手知った俺の湯飲みセットからお茶を淹れ、皿を貸してくれと言う。ビニール袋に入れて持参した白菜とキュウリの漬物と一個一個が包装紙で包まれた洋菓子がテーブルの上に置かれた。静かだったのはそれまでだった。