ご飯は毎日一合炊く。朝にご飯茶碗一杯、夕食に一杯半、それで丁度その日に炊いたご飯が無くなる。たまに朝食をパンにすると、ご飯が翌朝に残る。それでもパンにジャム、チーズ、ゆで卵、キャベツとニンジンを細かく刻んでケチャップとマヨネーズで混ぜ合わせた自己流のサラダを食べたくなる。一人暮らしの条件の一、二はクリアしている。掃除洗濯もまあまあだ。家の中の掃き掃除ぐらい汚れに応じて自分でする。掃除機をかけることも有る。また、近所や親戚等の冠婚葬祭のお返しに貰った洗剤セットがまだまだ押し入れの中に積んである。それを使って洗濯をするのは訳が無い。自動洗濯機が洗い物の量に応じて勝手に適量の水道水を注入するし、所要時間を決めてくれる。しかも水洗いの回数さえ加減してくれる。
ゴミ出しだって市が発行したゴミ出し暦を頼りにルールを守っている。月曜木曜日の燃えるごみのゴミ出しに、不燃ごみの日と資源ごみを出す日、その出し方の決まり事も俺はちゃんと守っている。指定された場所に出している。饂飩を茹でながらそう思う。ぐつぐつ言い出した汁鍋の方はたちまち鍋蓋を押し上げた。汁が鍋の外に吹き出して慌てて火を止めた。お椀に少しばかりよそって口にすると、良い味だ。丁度良い塩加減だ。豚小間の油が浮いている。
いつもの通り炬燵布団の無い堀炬燵の上のテーブルで饂飩を食べる。まだ九月半ばだ、足元は寒く無い。残り汁を啜っていると、先生が通りに面したガラス戸を開けて飛び込んできた。用事がある時もお茶を飲みに来る時も隣近所の人達は俺の家の玄関口に回らないで、通りからいきなり声を掛けて入って来る。先生はよろめく足と人を招くときの恰好で右手を振っていた。商売を止めて何十年も前の土間側から一段高くなっている板の間に身を投げ出した先生を見ると、まさに飛び込んできたと言う表現になる。
何かを口にするけど言葉にならないと言うか、耳の遠くなった俺が悪いのか、最初は聞き取れなかった。目の前でハアハアと肩で息を継ぎながら、寅次が死んだ、と言う。その時には右手は見えない寅次の家の方角を指していた。行って見て、と言う。どうやら寅次の死を知ったのも今だし、死んだ状況がそのままだと言いたいらしかった。
「お邪魔します」。
返事の無いまま寅次の家の中を覗いた。居間の奥の片隅に背を向けて座り込んでいる奥さんが居た。その姿の左の方に寅次の両足が見えた。八十キロはある大きな寅次の胸の辺りは見えなかったけど、頭と顔が少し右に見えた。奥さんの右腕がゆっくりゆっくり左右に動いていた。肘の動きで分かる。返事の無いまま床に上がらしてもらって傍に寄った。遺体の向こう側に山盛りに盛られたご飯茶碗が置かれていた。水分が抜けて少し茶色がかって見える。寅次の頬を撫で続ける奥さんだ。