隣近所も老人世帯、俺も一人暮らしだから役所の生活課や保健所の方から一年通して何かと声掛けが有る。心配して呉れているんだから良いことに違いない。七、八軒ばかり先の街中にある地区の班長が代表して生活課や保健所から連絡事項を受け取り、回覧物を配ったりその説明をしたり俺達に世間話を交えて話し掛けをしてくれる。六十(歳)になる班長は皆が息災で居るかの確認もして歩いているのだから有り難いと思う。

 

 しかし、今日貰った保健所からの配りものだと言うメモ付きの書き出しものに怒りを覚えた。新しい家が三軒建つ裏道を通って三百メートルほど先の自分家(じぶんち)の畑に行って来た間に郵便受けに入っていた。一人暮らしのための条件と有り、七項目になっていた。

一、電気釜でご飯が炊ける。

二、できあいのおかずなど、一定の買物ができる。

三、一定の掃除、洗濯、ごみ出しができる。(週に一~二回)

四、一週間単位で金銭管理ができる。

五、アルコールを飲みすぎない。

六、精神的に不安になったり、身体の病気になった時にSOSが出せる。(相談先をもっている)

七、服薬、通院が自分でできる。

とある。どれもこれも書かれていることを俺は自分で出来ていると思うけども、それが出来なくなったら如何(どう)なると思ったら震えが来た。畑の土の付いたズボンに長靴の恰好で上がり(がまち)に座ったまま何度も七項目を読む羽目になってしまった。

 

 仮に自分で自分の食事の準備ができなくなったら如何する。ご飯を炊けない、好きな豆腐と三陸わかめの味噌汁も作れない、足腰が弱ったと言うだけでなく認知症になって買い物すら出来ない、ましてや現金管理も出来ず、郵便貯金通帳も必要な印鑑も何処にあるのか忘れてしまったら、農協に掛けた火災保険の料金納付もしたのかしなかったのか分からなくなったら如何なる。孝子や義夫の顔が浮かんだ。娘、息子とその家族を思いながら、負担を掛けるために上京など出来ない、有難いが、子供らの誘いに応じないと何時もの考えを改めて思った。

 

 女房が無くなってから十三、四年にもなる。俺はこの家で町で介護の手を借りながらヘルパーの手助けを借りながら生涯を終えるのだ。そう心に決めて頑張ってきたつもりだ。その決心に変わりは無い。しかし、目の前の七項目は一人暮らしのための条件と有って、それが出来なくなったら出て行けと宣言しているようにも思える。そこまで考えて、保健所からの配りものだと言うメモは有ったけど縦に四十センチ、横に三十センチはありそうなわら半紙の何処にも保健所の名前が無い。可笑しくないかと思った。コピーされたものだったけど達筆の筆書きでパソコンの文字でなさそうだ。