愛猫が去って一週間

 

先週の今ごろは仕事どころではないと、見守りカメラばかり見ていた

 

すごく遠いことのような気もするし、つい昨日のことのようにも思える

悲しみが薄れてしまうときもあれば、ふとしたときに「本当にもういないのか」と愕然とするときがある

 

療養介護に費やした期間はたった8か月しかないというのに、ぽっかり空いた時間をどう過ごしていいかわからない

そこまで頑張ったわけじゃないのにもう持て余している

昨日の夜はどこかに寄付できるように猫のご飯をまとめたりおざなりになっていた断捨離などして気を紛らわせていたけど、ときどき本当に何もかもどうでもよくなる瞬間に支配されてしまう

 

早く家に帰らなくちゃと仕事を頑張る気持ちになれず、もうこれからはどこ寄り道してもいいんだと思っても今すぐなにかしたいことがない

たぶんちょっと病んでいる

 

感情がおかしい

 

今まで少しだけ我慢していた反動なのか、それとも自分で何かしらの罰を与えてるのかわからないけど、ものすごい勢いでお金を使っている

入るアテもないのに続々と服が届き、その間にもなにか買わなきゃと焦る

もともとお金は使うほうだけど、後先の支払いを考えずに「もういいか」と購入ボタンを押していてだいぶ病んでいる

 

 

 

 

 


昨日は職場で泣きそうになりながら仕事をして、帰りに猫の写真をプリントしに行く

もっともっとたくさん写真を撮っておけばよかった

ここ最近は病気の様子ばかりで自分がいかにこれまで猫ファーストで生きてこなかったことを痛感させられる
本当にごめん

不在の間は入れ替わりで家族が会いにきてくれた

自宅に戻り、リビングに布団を敷いて久々に3人一緒に寝る
少しずつ固く冷たくなっているけど、穏やかな顔はぐっすり眠っているみたいでまだ信じられず、明日がくるのが怖くてなかなか眠れなかった

朝、なんとか起きて花を買いに行ったり、使わなくなったケージや見守りカメラなどを片付けていつもの部屋に戻したりする

その後はお別れの時間まで寝たきりで行けなくなっていたソファやベッドの上、眺めていた窓辺など、ふだんくつろいでいたところや歩き回っていた場所を一緒に巡ってしばらく過ごした

病院に紹介してもらったセレモニーホールはとてもいいところで、担当の人は初めて会ったのに猫を思って泣いてくれて、厳かなのに穏やかでとてもあたたかくて、改めて猫が運んでくれた縁でたくさんの人の優しさに触れる

しま、いい人たちに出会えてよかったね

骨になってしまった愛猫は骨になってもかわいくて、なんとなく一瞬自分の中で区切りがついたような気がしたけど、家に戻ってかすかな猫の匂いとか飾った写真を見ていると、もしこれが落ち着いたらずっと会っていなかった友だちと会って旅行にも行きたい、甥っ子とも遊んでやりたい、としんどさでつい思ってしまってたことが途端に意味のないことのように思えて、それもこれも今まで家で待っていてくれたからできたことだったんだと、彼女がいなくなってから急にいろんなことが色褪せてしまった

もっと余計なことを考えず目の前にいるしまのことを思えばよかった

本当は写真を見るのもつらい



 

4月7日、深夜0時半

愛猫が息を引き取った。

 

夜、変わらずご飯も水も口にせず、抱っこしていても絶えずバタバタと手足を泳がせて顔も上向きになっていたのでこの体勢じゃ落ち着かないのかと思って布団に寝かせたら、しばらくして悶えるように苦しそうにえづき、手をばたつかせて失禁しながら目をカッと開いて、そのまま閉じなくなった

あまりにも突然であっけなくて、正直いつもの発作ですぐに戻ってくると思っていたけど発作に勝てなかった

 

18歳、最後の体重は3.8キロだった

 

7月19日にてんかんの重積発作が起きて意識を失い、慌てて病院に駆け込んで「脳腫瘍の疑い」と診断されて8か月

長かったようなあっという間だったような

発作の衝撃もあって決して長くはないだろうなというところから、秋、冬も越えて春まで本当によく頑張ってくれた

 

ここ一ヶ月以上はずっと寝たきりの垂れ流し生活で満足に立ち上がることもできず、その間もガンガン薬飲まされて本当にこれで良かったのかと思ったり、いつ終わるんだと思っていたこともあったのに、そのときになったら達成感も解放感もなくただ寂しくて悲しい

 

スピっぽいことだけは言うまいと思っていたんだけど、病気なる前から切々と

「ご飯だけはもりもり食べよう」「ぽっちゃりフォルムはなるべく変わらないで」「ひとりでいかないで」と言っていたら、亡くなる一日前までがんばってご飯を食べ、痩せてしまったけどガリガリでもなく、昨日はちょうど夫が日勤で家にいて看取ることができた

さらに亡くなって病院に電話をしたら担当の先生がちょうど夜勤にあたってて大好きだった先生に最期をみてもらうこともできた

 

発作のショックですべて忘れてしまって目も見えなくてわたしたちのこともわからないはずなのに、ちゃんと聞いててくれたんだなと思う

 

うちはどちらかというと常に猫とべったりという感じではなくて、旅行にも行ってたし外出もしてたし仕事で遅くなることもあったし、わりとドライにつかず離れずの関係だと思っていたけど、帰ったらいつも猫が寝ていてご飯と寒いときだけ寄ってきて、今日からはそれがないのかと想像したら、もっと一緒にいてあげればよかったとか、ベタベタすればよかったって一生後悔する

膨大な猫に関するネットのページももういらないのかと思うと泣きそうになる

朝も使わなくなった猫砂のトイレを見たら涙が止まらなくなって、今もふとしたときに涙が出そう

 

当たり前のようにあったものを失うってこんなにもつらいのか

明日お別れなんだけど立ち直れる気がしない

 

虹の橋など行かず、ずっと隣にいてくれればいいのに