有楽町。

 

声の主を確かめようと歩を進める。

なんと!

慌てて友人たちの元へ引き返す。

「本人!本人だよ!!!」

 

声の主、本人とは J・I 稲垣潤一。

なんと路上ライブ。

♪クリスマス・キャロルの頃には

 

それを聴き終わった友達二人は元の集合場所へ。

続けた曲は

♪ SUN GOES DOWN

なぜ? 宮原学? しかもバンド時代

隠れた名曲。 1991年発表

この曲を聴くと、、、

 

1995年発表のこの曲を思い出してしまう。

ぼくの感受性だと両曲はメロディが似ている。

 

 

 

 

稲垣潤一が 宮原学(BABY'S BREATH時代)を弾き語る…

途中、つっかえた

 

…を聴き終わり友達の元へ戻る。

 

高校時代、

「ECHOES(辻仁成)いいよ!」と薦めてくれた O君、さだまさし と 佐野元春 が好きだった Kちゃん、なんと小学生の時の仲良しだった タケらも居る!腰を下ろして座ってる。

 

他にもあわせて 7~8人くらいの大所帯になっていた。“え、なんでこんなに居るの?” と戸惑った。木村君が「はい、カラオケに行くよ~!」と仕切る。それを聞いてぼくは最後尾について皆の背中を見送り、苦笑しながら背を向けて逆方向に進む。

 

 

 

… という夢を見ました。

 

ぼくはカラオケには行かない。

という事で

のリトライです。

 

 

 

記憶の限りだと初めてカラオケに行ったのは大学入学後のサークルでだった。今のように集団ごとの個室ではなく、ワンフロア他の集団との合同のフェス状態だった。先輩から「お前も歌え!」と促されて面喰う。。。どうしよう…何を歌えばいいんだ汗 と焦る。そこで選んだ曲が…

 

拓郎さんの ♪旅の宿 だった。

 

確かまわりは 

米米(CLUB)やら BARBEE BOYSやら

久保田利伸やらレベッカとかアン・ルイスだったような記憶。

〔参考〕

♪六本木心中も好きですが、その上を軽く行く好きな曲。

 

 

♪旅の宿は充分懐メロでしたが、ぼくにはリアルタイムの曲でありました(笑)

 

ぼくの選曲センス、歌唱を、

先輩及び ぼくとは無関係の集団の若者たちも

温かく迎え入れ聴いてくれましたお祝い 

 

この曲に yeah~ ! とか掛け声を挟んでくる見知らぬオーディエンスに応えぼくは拳を振り上げてました。 今にして思えば、この名曲を蹂躙し冒涜してました(笑) 拓郎さん、本当にゴメンナサイ。※でも拓郎さんも『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』に収録されている♪旅の宿の演奏中に「さっきの連中、歌えるかー!!」と叫んだので、それへのオマージュという事で…。

…で、またこういう事を書くのもまた拓郎さんには嫌がられてしまう…  ううむ。

 

我が人生を振り返るカラオケ【プレイリスト】

 

吉田拓郎編

「馬」

←後年、Hさんとの二人カラオケの際にはこの曲でその日の喉の調子を確かめていました。Hさんはこの曲に困惑しました(笑)

「流星」 「唇をかみしめて」

「やさしい悪魔」 ←キャンディーズ 作曲が拓郎さん

 

長渕剛編

「SUPER STAR」

「しゃぼん玉」

そして!

「Captain of the Ship」

←極めて近しい仕事仲間の時に一回歌唱しましたら圧倒されてくれました。

後にリクエストを受けた際には要(かなめ)の語り叫びpartがカラオケではフェードアウトされてて皆で肩透かしを喰らい肩を落としました。以降は歌っていません。本人同様レアな選曲となりました。

 

 

浜田省吾編

「J.BOY」 「19のままさ」 「モノクロームの虹」

 

中島みゆき編

「片想い」 「不良」 「with」

「風にならないか」 「I LOVE YOU, 答えてくれ」

「BA-NA-NA」

 

CHAGE and ASKA編 (表記は現時点最終のもの)

「マリオネット」

「WALK」「太陽と埃の中で」

「LOVE SONG」「天気予報の恋人」

「NとLの野球帽」

 

 

アニソン系 アセアセ

「宇宙刑事ギャバン」 「キャプテン翼」

 

その他

堺正章「さらば恋人」

沢田研二「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」

海援隊「思えば遠くへ来たもんだ」

チェッカーズ 「I love you, SAYONARA」

B'z 「Easy Come, Easy Go!」

中森明菜(井上陽水)「飾りじゃないのよ涙は」

KUWATA BAND 「ONE DAY」

真島昌利 「GO!GO! ヘドロマン」

 

気ごころ知れた集団内ではよくリクエストを貰えました。

 

 

 

ううううむ、古い曲しかない。

ぼくの中で かろうじて新しい曲と言えば…

 ↑BUMP のこれ。 個人的超名曲認定。聴くだけではなく歌いたくなる曲。

これが2005年。そうか、もう15年も前なんだ。。。

ちなみに -今はそうかどうか知りませんが-この人たちはシークレット・トラックの宝庫。遊び心があると思いました。

 

この曲が2006年

↑差し迫った土壇場での決意感が好きです。

 

 

 

 

若い衆との付き合いでカラオケに行くと

「今の曲だれ?なんて曲?」と知りたくなることが稀にあった。

Cocco を知ったのはカラオケでだった。

おっとり系高学歴の女の子が 

♪強く儚い者たち を歌ってたのは 

今にして思えばその子はとっても偉かった(笑) 拍手を贈りたい拍手

…でも、これですらが20年以上も前。

 

 

 

 

 

 

ぼくはカラオケにはもう行って居ない。

久しい。

 

松山千春の ♪人生の空から がカラオケで最後に歌った曲。

 

ルンルン深く耳を澄ませば~ 

 

え??? 自分でも笑ってしまうくらい音程がズレていた。びっくりした。キーが合わないとかそういう言い訳が百万光年先に在るくらいに通用しない音痴だった。驚愕した。

ああ、もう歌えないと決めてしまった(笑) 

 

 

 

 

 

でも

 

この記事を書いていて思ったのは

もし次に マイクを握る(笑) ならば歌いたい曲は

 

サザンオールスターズ ♪栄光の男

この曲、聴くだけでなく無性に歌いたくなる。

この前BSで偶然この曲歌唱・演奏のタイミングに恵まれて聴き入っているうちに一緒に歌っていました。

 

 

 

あとは ASKA ( 黒田有紀への提供曲 ) 

♪ cry 

一番の歌詞が好きです。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに

チューリップや財津さんは

カラオケで歌ったことが無い。

深い理由も無い。

♪夕陽を追いかけて は よく口ずさみますが。。

 

 

 

 

 

 

 

なんか

痛いおっさんだなーと思いつつも回顧録という事で。

 

につまった一日を下手くそなカラオケで

すすり泣くように唄われるのはゴメンだ

 

長渕剛「流れもの」

(1990年8月25日発表『JEEP』2曲目)

ほんと、これには ぐうの音も出ない。完敗。

 

 

 

でも また 歌いたいなーーーと思い始めた今日この頃。

でも それが COVID - 19  と それに伴うぼくの判断が拒む。

 

 

 

 

カラオケはその気になれば

一人でもなんとかなるけれども

コンサートは本当にどうなってしまうのだろう。

 

財津さーーん

とか

甲斐っ ----っ!!!!

とか

千春うーーーー!!!!

とか

その名をチカラいっぱい呼ぶことも …

 

ましてや

一緒に歌うことが許されるのだろうか???

いつになったら叶うのだろうか。

少なくとも年単位で待つのだろうな、と薄々は気がついてます。

 

名前を呼ぶ代わりに横断幕や文字を書いたパネルを用意は出来ても…(しませんが)

ホール内で客席から皆が歌うのは…控えなきゃならないのだろう、現状。 精一杯の拍手と笑顔を届けるしか出来ない。 前もってその状況を考えた歌い手たちは、どう捉えるだろうか。(お客さんのことを考えた)自身の価値観でコンサート日和をどう決めるか、開催の有無は変わってくるように思う。 万全とかその手前の できる限り とかが各々突き付けられている。

 

 

世の中は

 

我慢の期間を経て

“工夫”へと移行している。

しかし

この工夫の先に何が待っているか、ぼくには見えていない。

 

アフターコロナ とか ウィズコロナ とか好き好んで使っている人を、ぼくは ちょっと のん気な人達だな、と思ってしまう瞬間があります。ぼくは、です。

 

しかめっ面して悩んでいるポーズも格好悪いと強く強く思いますが、、、。

 

確かに

口にするなら・語るなら希望こそです。明るい未来をです。

 

 

だがしかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでどうもありがとうございました。