につまった一日を下手くそなカラオケで
すすり泣くように唄われるのはゴメンだ
突き放した心情が吐露されている好きなフレーズ。
長渕剛「流れもの」(1990年8月25日発表『JEEP』2曲目)
すすり泣くようではなかったけれども
カラオケで選曲して
悦に入って 吐き捨てるように 悦に浸って
好き好んで歌ってしまったことは数回ある。
ひどいもんさ 生きざまぶった
半オンスの拳がうけてる
僕はそれを見ていたよ 横になって
CHAGE & ASUKA (表記は発表当時) 「LOVE SONG」
(1989年6月21日発表シングル / 後1992年再発してヒット )
はじまりはいつも雨、SAY YES で大ブレイクする前の作品。
= 地道に、継続的に、表舞台は他に預けて、でも野心的に
精力的に活動し続けて居た頃の一曲。
のちの大ブレイクも頷ける伏線的作品。 「WALK」もまったく同時期。
※同時期のアルバムが名盤・名曲『PRIDE』
ぼくの中では
長渕とチャゲアスはリンクするところがあります。
かたや 順子
かたや 万里の河
デビュー初期に以降の名刺代わりとなるヒット曲を生みだし
でも以降そのイメージが定着。呪縛束縛。
当人はしたいように “何か”すると
「違う」 「変わった」と離れて行った人や
「似合わない」と嘲笑った人(←とても嫌な表現ですが確実に居ました、身をもって体験)を結果喰らう。
それでも譲らなかった。退かなかった。
聴き続けた人、コンサートに足を運び続けてついて行った人間には分かる変遷・葛藤・革新を経て
90年代に入り
比べものにならない程爆発的に多くの人(それこそ国民の一部)を振り向かせた。
そうしようと意図して奮闘したというより
ただ自身の内側にしまっておけず溢れ出た
歌いたい歌を歌いたいように歌い続けて居ただけで。
これは素直に嬉しかった。
ひどいもんさ 生きざまぶった
半オンスの拳がうけてる
僕はそれを見ていたよ 横になって
CHAGE & ASUKA (表記は発表当時) 「LOVE SONG」
(1989年6月21日発表シングル / 後1992年再発してヒット )
1989年の作品。
はじまりはいつも雨、SAY YES で大ブレイクする前の作品。地道に、継続的に、野心的に、表舞台は他に預けて、でも精力的に活動し続けて居た頃の一曲。 1989年、このフレーズを聞いた時に、お?こ・こ・これは~ まさか・ひょっとして 長渕のこと?とか瞬時に思ってしまいました笑。ぼくの中では非っ常に“似た者同士(同志)”の両者。 かつてデビュー前だか当時既に“おもしろい奴らがいるんだよ” と関係者にチャゲアスを売り込み紹介したことがある長渕です。
〔参考〕超超超∞超貴重共演
↑YouTube で直接ご覧ください。
真っ赤にただれ切った今どきの露骨な
男のやさしさ芝居にゃついてゆけねえ
につまった一日を下手くそなカラオケで
すすり泣くように唄われるのはゴメンだ
長渕剛「流れもの」(1990年8月25日発表『JEEP』2曲目)
赤字のところ。
1989年 LOVE SONG / CHAGE & ASUKA (表記は発表当時)
1990年 流れもの / 長渕剛
これは長渕剛から飛鳥涼へのアンサーソングか?笑 と聴いた一発目に思いました笑
ちなみに
8月25日は チャゲ&飛鳥 の記念すべきデビュー日です。
そしてそして・なんとなんと
「流れもの」が収録されている名盤・名曲『JEEP』の
ミックスダウンが、ASKAの設立したスタジオ「BURNISH STONE(バーニッシュ・ストーン)」で行われている。
のでありました。(ウィキペディアより)
超おもしろいです。微笑ましいです。
再び共演してもらいたいもんです。
同時代、もがき苦しみ時に笑われても倍の成果を自力でぶん掴み取り、
かつ今も歌い続けて居る“戦友”として。
□言い訳□□後記
カラオケについて書こうと思っていた次第でした。
思いのほか予定外に チャゲアス and 長渕 で
それなりの内容になりました。
本記事 表題 宿で始まり空で終わった
… の前置きが今日のここまでの記事です。
宿で始まり空で終わった
… の内容に一歩も入っていません。
その内容が上記に勝てる気がしません(笑)
日を改めます。出直します。
今日はここまでお付き合いくださいまして
誠にありがとうございました。
ぼくは
長渕も チャゲアスも 好きなんです。