視覚障害5級のアラフィフ主婦のリアルな日常(仮) -5ページ目
こんにちは。
私は昔から、拗ねてる、いじけてると言われることがありました。
そう言われるたびに、私は面倒くさい人なのかな、また子どもっぽい反応をしているのかなと思ってきました。
でも最近、少し見方が変わりました。
拗ねることも、いじけることも、ただ性格が悪いとか、わがままという話ではなくて、その奥に本当の気持ちが隠れているのだと思ったのです。
私は目の障害があります。
見えづらさがあるからこそ、人といる時に、場の空気をすぐ読んでしまうところがあります。
人の表情や細かい動きが見えにくい分、声のトーンや会話の間、その場の空気の変化を、無意識に感じ取ろうとしてきたのだと思います。
それは、ただの気にしすぎではなく、私が安心して人と関わるために身につけてきた、大切な感覚でもありました。
でも、その感覚が強いからこそ、少し反応が薄かったり、自分だけ流れについていけていないように感じたりすると、心がざわっとすることがあります。
私、何か変なことを言ったかな。
今、迷惑だったかな。
私だけ置いていかれていないかな。
ちゃんと受け入れられているかな。
そんなふうに感じてしまうことがあります。
もちろん、相手に悪気がないことも多いです。
でも、自分の中では小さく傷ついていることがあります。
本当は、少し不安だった、もう少し説明してもらえると安心する、私にもわかるように伝えてもらえると嬉しい。
そう素直に言えたらいいのだと思います。
でも、それがうまく言えない時があります。
そんな時に、私は拗ねたり、いじけたりしていたのかもしれません。
どうせ私なんて。
もういい。
私が悪いんでしょ。
そんなふうに心の中で思ってしまう時、本当は全然もういいわけではありません。
本当は、大切にされたかった。
わかってほしかった。
置いていかないでほしかった。
私の気持ちにも気づいてほしかった。
そういう小さな本音があったのだと思います。
拗ねる私も、いじける私も、本当は面倒な私ではなくて、傷ついた私だったのかもしれません。

