こんにちは。


私は昔から、拗ねてる、いじけてると言われることがありました。


そう言われるたびに、私は面倒くさい人なのかな、また子どもっぽい反応をしているのかなと思ってきました。


でも最近、少し見方が変わりました。


拗ねることも、いじけることも、ただ性格が悪いとか、わがままという話ではなくて、その奥に本当の気持ちが隠れているのだと思ったのです。


私は目の障害があります。



見えづらさがあるからこそ、人といる時に、場の空気をすぐ読んでしまうところがあります。


人の表情や細かい動きが見えにくい分、声のトーンや会話の間、その場の空気の変化を、無意識に感じ取ろうとしてきたのだと思います。


それは、ただの気にしすぎではなく、私が安心して人と関わるために身につけてきた、大切な感覚でもありました。


でも、その感覚が強いからこそ、少し反応が薄かったり、自分だけ流れについていけていないように感じたりすると、心がざわっとすることがあります。


私、何か変なことを言ったかな。

今、迷惑だったかな。

私だけ置いていかれていないかな。

ちゃんと受け入れられているかな。


そんなふうに感じてしまうことがあります。

もちろん、相手に悪気がないことも多いです。

でも、自分の中では小さく傷ついていることがあります。



本当は、少し不安だった、もう少し説明してもらえると安心する、私にもわかるように伝えてもらえると嬉しい。


そう素直に言えたらいいのだと思います。


でも、それがうまく言えない時があります。


そんな時に、私は拗ねたり、いじけたりしていたのかもしれません。


どうせ私なんて。


もういい。


私が悪いんでしょ。


そんなふうに心の中で思ってしまう時、本当は全然もういいわけではありません。



本当は、大切にされたかった。

わかってほしかった。

置いていかないでほしかった。

私の気持ちにも気づいてほしかった。


そういう小さな本音があったのだと思います。

拗ねる私も、いじける私も、本当は面倒な私ではなくて、傷ついた私だったのかもしれません。