ほんとに少し前まで、


疑ったことも、ありませんでした。


思い返せば、始まりは若い頃。


書店で働いていたときのことです。


目が悪くて、


レジができない。


本の在庫も、なかなか探せない。


「私は仕事ができないんだ」


「能力が劣っているんだ」——そう思い込みました。




でも最近、ふと気づいたんです。


あれって、


「視覚に頼る作業が難しかった」だけでした。


書店という場所が、


たまたま”目を使う作業のかたまり”だっただけ。


「できない作業がある」ことと、


「劣った人間である」ことは、別の話。


それなのに私は、

「この作業ができない」

「仕事ができない」

「私は価値がない」って、


3段跳びで自分の存在まで接着してしまっていた。


何十年も。



事実は、「目が悪い」。ここまで。


「だから価値がない」は——事実じゃなくて、


私がつけた意味でした。


そう気づいた瞬間、


すーっと力が抜けたんです。


目の見え方は、


変わっていません。


できない作業も、


あいかわらずあります。


でも、「=価値がない」の接着が、


ペロッとはがれた。


それだけで、


こんなに軽くなるんだって、

びっくりしています。


もしあなたにも、


「私は〇〇だから、ダメ」って、


一本道みたいにつながっている思い込みがあるなら——



その「=」、本当につながっているのか、


一度だけ疑ってみてください。


事実と、意味は、分けられます。


そして、意味のほうは——今日から、つけ直せるんです。