突然左足に激痛が走り、動けなくなって緊急入院。

痛みに耐えながら救急車で運ばれたのは、

いつもお世話になっている院長先生の病院だった。

 

搬送先は救急隊の方が決めたので、まさかの搬送先に驚いた。

またしても、夫の力が働いているとしか思えない偶然。

どうも、この病院とは夫を通じたご縁を感じてしまう。

 

人生初の入院。

たったひとり着の身着のまま、激痛に耐えながらの入院。

レントゲンとMRI検査の結果、

椎間板ヘルニアで、足の神経に影響が強く出たとのことだった。

手術ではなく保存療法が採られ、

薬が効くまでの10日間ほどの間は、

ベッドの上で激痛に耐え続けることしかなかった。

 

    

            病室で迎えた誕生日。

        窓から見える終わりかけの桜が、悲しかった。

 

病室から見える風景は、夫とよく歩いていた道が見えた。

なんだろう、この偶然。

歩いている人に夫の姿がどうしても重なって、

激痛でベット柵にしがみつきながら、声を出して泣いてしまった。

 

        桜が散った先に見える道路。

  いつもの道を、夫が今にも車で迎えに来てくれるような気がした。。。

 

初めての入院ということもあったし、

もしかすると、このまま歩けないのではという不安、

そして孤独との闘い。もう心が限界だった。

見えない夫に、助けて!と心の中で叫んでいた。

 

そんななか、救われたこともあった。

入院当日、病棟は整形外科だったけれど、

内科医の院長先生が病室に顔を出してくれた。

日曜日だったその日は、偶然病院に来られていたとのこと。

そのお顔を見た途端、

痛みと緊張で苦しい気持ちが和らんで、思わず涙が溢れそうになった。

 

半月ほどの入院で、

痛みも少なくなってようやく歩けるようになった頃に

退院することができた。

 

     デイルームから見える多摩川。夫と週末によく散歩し、お弁当を食べた河川敷。

     夫と私の家から続くこの河川敷を前に、心が震えた。

        あの時の風景が、ただただ・・・恋しい。

 

退院当日は迎えに来る人もなく、

ひとりで退院の手続きを淡々と済ませ

タクシーに乗って帰路についた。

こんなことでも、ひとりぼっちなんだと思い知らされる。

 

帰りのタクシーの中、ふと頭をよぎったこと。

帰るってどこへ?

 

夫との楽しい思い出が詰まった場所だけど、

もういない・・・彼の不在は、帰宅する私の足を重いものにした。

 

待つ人がいる。

普通なら家族が待っている家に帰ることは、足取りも軽やかなのだろう。

でも、

私が帰る先に待っている人は、もういない。

家というより、ただの無機質な空間でしかなくなっている。

 

ドアの前まで着いて、

いつものようにインターフォンを押してしまった。

夫がいなくなっても続いている習慣。

返事がないことはわかっているはずなのに、

思わず泣きそうになり慌てて鍵を開けた。

 

部屋は、懐かしいというよりも、

どこか知らない空間のように思えた。

なんだろう、この感覚。

 

お供えの花が萎れ、供物の果物が腐って悪臭を放っていた。

月命日も入院中だったため、何もすることができなかった。

そのなかで・・・微笑んでいる夫の写真。

その光景はとても悲しく、座り込んで位牌を抱きしめた。

いることのない夫の姿を探して、何度も何度も名前を呼んでいた。

 

あなたのいない・・・この空間。

でも、

闘病中帰るために頑張ってくれたこの場所。

最期まで諦めすに頑張り、そして旅立ったこの場所。

二人の歴史、愛がたくさん刻まれた場所。

 

なのに、

今はそんなことさえも感じられなくなってしまっている。

がらんとした部屋には、暖かさを感じることができなく、

空虚感に襲われる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

それでも、混乱する頭のなかで思ったことは、

私の帰る場所はやっぱりここしかないんだなあって。

 

こんなことを考える私は、きっと心が疲れているのかな。

寂しさと不安で挫けてばかりだけれど、

いつか会えるその時まで見守っていて旦那さま。

ちゃんと自分を取り戻すから、・・・ね。