前回のつづきです
記録を残すだけで涙が溢れて苦しくなる時期だったので、
実際の時系列と少し期間があいてしまっています。

個人院から救急車で総合病院に搬送されました。
初めて見る助産師さんがたくさん。
はじめましての先生がエコーでお腹を確認した。
先生の表情が静かで冷静で、あぁもう助からないんだ…と思いました。

よく分からないまま色々な点滴や注射が行われ
名前の確認をされて、旧姓も確認されて、、、
視界が二重、三重にぼやけて見えて定まらない
当たり前に眠くないのにあくびが出る
助産師さんに「この子、生あくびしてる。」と言われました。
9月上旬なのになぜか寒くて寒くて、
電気毛布が掛けられました。
(このとき顔色が真っ青だったらしく、出血によるものかな?と思います) 

既に大量の出血があるため、すぐには帝王切開はしないこと。しばらく輸血で様子を見ながら、自然分娩を試みると説明されました。

19時頃に搬送されて翌朝3時まで、促進剤を使ったり、バルーンを入れたりしましたが、子宮口3cmのまま開きませんでした。

お願いだから出てきてよー!と、必死でした。
あまりの痛みで涙は出ません。陣痛は3分間隔。
でも、出てくるまでの陣痛がつかない。
途中、先生が手を突っ込んで破水させました。
度か吐きます。
胃に何も残っていないのに、水を飲んでは水を吐きました。吐いてる時だけ楽になれました。

担当の助産師さんに、ずっと話しかけられます。
「旦那さんとどこで出会ったの?」とか、
今それ聞く?と思ってましたが、多分意識が遠のかないようにするためだったと思います。
あの時、目をつぶってしまえば死んでしまうのかなと思いました。
27年間生きていて、初めて死を近く感じました。

この間、ずっと隣でさすってくれた旦那。
本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
旦那は仕事終わり、急にこんなことになって、
翌朝まで寝ずに背中をさすり続けて。
これからもずっと支え合って生きていこう。

母体の状態と輸血量から、3時がリミットだったようでカイザーと言われました。
手術の準備ができるまでは、ひたすら陣痛の痛みに耐えました。
5時に準備できたようで、手術室に運ばれて、そこからは全身麻酔で記憶が途切れました。