11/13


ルツ5


"ボアズは刈る者たちの

世話をしている若者に言った。

「これはだれの娘か。」

刈る者たちの世話をしている

若者は答えて言った。

「あれは、ナオミといっしょにモアブの野から

帰って来たモアブの娘です。

彼女は、『どうぞ、刈る人たちのあとについて、

束の間で、落ち穂を拾い集めさせてください』

と言い、ここに来て、

朝から今まで家で休みもせず、

ずっと立ち働いています。」


ボアズはルツに言った。

「娘さん。よく聞きなさい。ほかの畑に

落ち穂を拾いに行ったり、ここから出て

行ったりしてはいけません。私のところの

若い女たちのそばを離れないで、ここにいなさい。"


ルツ記 258

Ruth 2:5-8


自ら行動したルツに神の手が

動いた瞬間である


ルツの仕事は重労働だったが

忠実に成し遂げた

神は私達の人格をみるために

与えた仕事に忠実であるか

やめるかをみておられる


忠実にやるものに

チャンスのドアを開かれるのである


ルツは愛情深く親切で働き者で

忠実だったために周りから

賞賛の声があがっている


私達は何もせずに人から認められたい 

賞賛されたいと思っている者も多い 

しかしそれは反対に賞賛されることはない 

そこに忠実さも自分で自ら動いて

何かを生み出そうとしていないからだ


ボアズは今日のみことばの続きに

ルツにこのようにいった


"刈り取っている畑を見つけて、

あとについて行きなさい。私は若者たちに、

あなたのじゃまをしてはならないと、

きつく命じておきました。

のどが渇いたら、水がめのところへ行って、

若者たちの汲んだのを飲みなさい。」"

ルツ記 29


といった これは飢え渇いている

心の状態にイエス様が

私達にいける命の水を与えたイエスの型となっている


"なぜなら、御座の正面におられる

小羊が、彼らの牧者となり、

いのちの水の泉に導いてくださるからです。

また、神は彼らの目の涙をすっかり

ぬぐい取ってくださるのです。」"

ヨハネの黙示録 717


ここからどのように神が働きかけてくださるのか?

明日へ続く


AMI JAPAN

Pastor RIE




タイトルは

あなたの祈りを妨げている3つの言葉
〜あなたは言っていないか?サタンが喜ぶその言葉を…

祈りが聞かれないのは
なぜだろうか?

その言葉は神様に
届いているだろうか?

それともサタンに
あなたの祈りを取られていないだろうか?

あなたの祈りの中にサタンを喜ばせる
言葉が入っているなら

それは残念ながら
天には届いていない

どの言葉がいけないのか?

その3つの言葉について
日曜礼拝でお話しします

日曜の早朝6:30ぜひ早起きして
みてくださいね



11/12


ルツ4


"ナオミには、夫の親戚で

エリメレクの一族に属するひとりの有力者がいた。

その人の名はボアズであった。

モアブの女ルツはナオミに言った。


「どうぞ、畑に行かせてください。

私に親切にしてくださる方のあとについて

落ち穂を拾い集めたいのです。」すると、ナオミは彼女に、「娘よ。行っておいで」と言った。


ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、

畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずも

エリメレクの一族に属する

ボアズの畑のうちであった。


ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て

刈る者たちに言った。「主があなたがたとともに

おられますように。」

彼らは、「主があなたを祝福されますように」と答えた。"


ルツ記 214

Ruth 2:1-4


ルツがナオミと自分の生活のために

落ち穂拾いをしに行かせてほしいと

ナオミにいった


小麦と大麦が収穫の時を迎えると

刈り取り束にする為の人が雇われた


当時イスラエルの律法では

畑の隅は刈り取らないことと

落とした穀物は貧しい者が

拾う為に残しておくことが

定められていた


すなわち落ち穂拾いとは

畑で他の人が落とした物

をかき集めるという

恥ずかし目をうける行為だった


しかし未亡人のルツは

自分で生計を立てることが

許されていなかったため

落ち穂拾いをするために畑にいったのだった


しかしボアズの言葉をみると

ボアズが働く者達に

やさしい言葉をかけていることからボアズの

人の良さがわかる


何か困ったことがあったら

自分は何もせずただチャンスをまつだけの人や 

ただ祈るだけで行動しなかったり 

自分は失敗したくないから他の人がやるのをみて

よかったらやるというような

ズルいやり方をする人々もいる


しかしルツは違う

自ら動き率先して人からみて

恥ずかしい行為だとしても

一生懸命に自分から何かを

見つけだすために動くという事を選んだのだ


もしあなたが何もせず

じっとチャンスを待っている人なら

これを心にとめてほしい


神は「あなたから」

最初の一歩を踏み出し 

あなたがどれほど

一生懸命に自分から何かを

生み出そうとしているか

どれほど切実であるかを

みておられ 

そして自分から何かを生み出そうとするものに

特別に神の手が

動かれるのだ


AMI JAPAN

Pastor RIE



11/11


ルツ3


"それから、ふたりは旅をして、

ベツレヘムに着いた。彼女たちがベツレヘムに着くと、

町中がふたりのことで騒ぎ出し、

女たちは、「まあ。ナオミではありませんか」と言った。

ナオミは彼女たちに言った。

「私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。

全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。

私は満ち足りて出て行きましたが、

主は私を素手で帰されました。

なぜ私をナオミと呼ぶのですか。

主は私を卑しくし、

全能者が私をつらいめに会わせられましたのに。」


こうして、ナオミは、嫁のモアブの女ルツといっしょに、

モアブの野から帰って来て、大麦の刈り入れの始まったころ、ベツレヘムに着いた。"


ルツ記 11922

Ruth 1:19-22


ナオミとルツは旅をして

ベツレヘムに着いた 

ふたりがベツレヘムに着くと

町中がふたりのことで騒ぎ出した 


女たちは、「まあ、ナオミではありませんか。」

と言うとナオミは

「私をナオミと呼ばないで、

マラと呼んでください。」といった


ナオミとは「こころよい」という

意味で「マラ」は、「苦しむ」

という意味である


全能者である神が私に大きな苦しみにあわせたのだから

「ナオミ」ではなく「マラ」だと

言ったのだ


 どんな苦しみの中であっても

全能の神のわざと受け止めるなら


そこに希望がある


なぜなら一時的な苦しみは

必ず祝福へと変えられるからだ

どのような試練の中にも

そこに神がおられ

神が導いておられると

信じることができるなら

その試練にも意味があることが

わかるからだ


人生に意味のないことなどない

なぜなら神はご自身のご計画に従って

私たちの人生を導いておられるからだ 


例えどんな試練の中にあってもそこに

神の御手があると受け止められる人は 

そこに神の希望の光を持つことができるのである

 

「モアブの野から戻った嫁、

モアブ人の女ルツが一緒であった」


「大麦の刈り入れが始まったころ

ベツレヘムに着いた」と書いてある


この2つのことを通して

何が起こるのか?

また神はどのように介入なさるのか?

 

明日に続く

AMI JAPAN 

Pastor RIE




11/10


ルツ2


"そのうちに、

ナオミはふたりの嫁に、

「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。

あなたがたが、なくなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように

主がしてくださいますように」

と言った。


そしてふたりに口づけしたので、

彼女たちは声をあげて泣いた。"


ルツ記 189

Ruth 1:8-9


ナオミは二人の嫁に

新しい人生を歩むために

モアブの故郷に帰りなさいといった

ナオミはイスラエルに戻ることを

きめていた


二人がナオミのそばにいても

再婚のチャンスも与えてやれない

ナオミは二人に何もしてやれないと

おもったから自分から離れて実家に

帰りなさいといったのである



"ふたりはナオミに言った。

「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」"ルツ記 110


といった


"しかしナオミは言った。

「帰りなさい。娘たち。

なぜ私といっしょに行こうとするのですか。

あなたがたの夫になるような

息子たちが、まだ、私のお腹にいるとでもいうのですか。"

ルツ記 111


と断った


ひとりの嫁オルパは姑である

ナオミに口づけをし泣く泣く離れた


もう一人の嫁のルツは

ナオミから離れなかった


"ルツは言った。

「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、

私にしむけないでください。

あなたの行かれる所へ私も行き、

あなたの住まれる所に私も住みます。

あなたの民は私の民、

あなたの神は私の神です。

あなたの死なれる所で私は死に、

そこに葬られたいのです。

もし死によっても私があなたから

離れるようなことがあったら、

主が幾重にも私を罰してくださるように。」"

ルツ記 11617


ルツは自らイスラエルの神を

自分の神とする決心をした

ナオミが信じている

イスラエルの神の恵みの中で生き

そして死んで行きたいと思ったのである

モアブ(異邦人)の女であるルツは

このように信仰を告白することによって

イスラエルの民が受ける祝福を

与えられたのだ


このルツの言葉と行動は

神との関係を表している

何か困難があったら離れてしまうか

それとも何があっても神に忠実に

従いついていくか?


あなたは困難に思える道をも

神を信じて進めるであろうか?


明日に続く


AMI JAPAN

Pastor RIE