12/2

"だれでもキリストのうちにあるなら、
その人は新しく造られた者です。
古いものは過ぎ去って、
見よ、すべてが新しくなりました。"
コリント人への手紙 第二 5章17節

罪を告白することによって
新しい人生の扉が開かれる

罪が断ち切られ
罪から解放される

罪を上手く隠していても
神様の目をごまかずことはできない

みことばにこのようにかかれてある

"自分のそむきの
罪を隠す者は成功しない。
それを告白して、
それを捨てる者は
あわれみを受ける。"
箴言 28章13節

罪を告白しイエス様を信じ
自分の救い主と認め
洗礼をすると
永遠の命が与えられ
新しい勝利の人生を
イエス様と歩んでいくことができるのである

AMI JAPAN
Pastor RIE



"わたしは心優しく、へりくだっているから、
あなたがたもわたしのくびきを負って、
わたしから学びなさい。
そうすればたましいに安らぎが
来ます。"

マタイの福音書 11章29節
Matthew 11:29

古代イスラエルでは
畑を耕すときには 
母牛と共に子牛がくびきを負っていた

子牛は母牛とくびきを共に
負っているのでたくさんの重荷を
背負ってたくさん仕事をしているようにみえるが 
実際は母牛にしか
力がかかっておらず 子牛は
ただ母牛がしている仕事に
従っているだけで自然に母牛が
している仕事を子牛が学ぶことが
できるそうだ

だからイエスは

あなたがたもわたしのくびきを
負って、わたしから学びなさい。と
言われたのである

その後のみことばは

"わたしのくびきは負いやすく、
わたしの荷は軽いからです。」"
マタイの福音書 11章30節

と言われたように
弟子である私達にすごい重荷が
かかっているように思えるが
母牛に全ての力がかかっているように
全ての重荷はイエスが負って
くださっていることが
このみことばでわかる

イエスと共にくびきを負うなら
イエスの教えにそのまま従うと
いう意味である
不完全な私達がイエスに従う時
イエスの似姿に
成長していけるのである

AMI JAPAN
Pastor RIE



11/30


"あなたに罪を犯さないため、

私は、あなたのことばを心に

たくわえました。" 詩篇 11911


神様は神様のみことばを

人々の心の土地に種として

たくわえてほしいと思っておられる


人々の心の土地が柔らかいのであれば

その種は芽をだし成長し花が咲き

実がなる


しかし人々の心の土地が固ければ

芽はでない 

それは悪魔にその種を奪われて

しまうからである


悪魔は私達から神様のみことば

すなわち神様の種を奪いとって

私達人間が 神様のみことばをきかないようにする


神様のみことばは

人間の知性の中にはなく

心にたくわえられるのである


例えば好きな人の言葉を

いつまでも心に覚えているように

そして元気のないとき

自然に思い出すように


神様もみことばを心に

毎日たくわえ それを勇気にかえて

飛脚してほしいとおもっておられる


AMI JAPAN

Pastor RIE




11/29

"また、たとい私が預言の賜物を持っており、
またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、
また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、
愛がないなら、何の値うちもありません。"

コリント人への手紙 第一 13章2節

愛がなければ何の値うちもないと
みことばは教えている

なぜなら神様そのものが
愛だからである

"愛のない者に、神はわかりません。
なぜなら神は愛だからです。"
ヨハネの手紙 第一 4章8節

神様が私達に望んでおられることを
知っているだろうか?

それは

信仰と希望をもって神様を愛し
つかえること

また神様が愛して造った人々に
親切にし愛することである

すなわち神様が望んでおられることは
「私たちの愛」以外は
何も望んでおられない

愛があれば親切にする
愛があれば人々を傷つけたりしない
愛があれば盗みもしない
愛があれば人々を助ける

など

愛がなければ悪魔のように
盗み殺し滅ぼす者となってしまう

この世は悪魔の支配下にある
だから神様を知り神様の愛を受け取り
愛を土台に生きようではないか

AMI JAPAN 
Pastor RIE