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"第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。
すると、火の燃えている大きな山のようなものが、
海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。"

ヨハネの黙示録 8章8節
Revelation 8:8

山が海に投げ込まれ
海が血になる
この凄まじい光景を
誰が想像できようか?

第一のラッパが陸の惨劇なら
第二のラッパは海の惨劇である

"イエスは答えて言われた。
「まことに、あなたがたに告げます。
もし、あなたがたが、信仰を持ち、
疑うことがなければ、
いちじくの木になされたようなことができるだけで
なく、たとい、この山に向かって、
『動いて、海に入れ』と言っても、
そのとおりになります。"
マタイの福音書 21章21節

山に向かって「動いて海に入れ」と
いうみことばも 単なる例え話しではなく 
主イエスの御目には
このヨハネの黙示録8:8が映って
いたのかもしれない

第一のラッパは大地を焼き
悪人を罰せられ 戒められる

第二のラッパで
海の惨劇を与えることで
人々が悔いあらためをすることを
神は望んでおられるのである

ここにもまだ
主の恵みがあることがわかる

悔い改めとは
神の御前で謝ることである

自分を顧みることができない人が多い
自分で責任を取りたくない
自分は悪くない
自分は謝りたくない
人のせいにする
それで本当にいいのだろうか?

主イエスならどうするか
どんな行動をとるか
どんな風に人に寄り添い大事にするか
主イエスはみておられる

"『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』
という第二の戒めも、
それと同じようにたいせつです。"
マタイの福音書 22章39節

いつも自分がしてほしいことを
人々にし主イエスのように愛を
表す者でありたいとおもう

人にすることは主イエスに
することだからである

AMI JAPAN
Pastor RIE