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あかりを持って来るのは
枡(ます)の下や寝台の下に
置くためでしょうか
燭台(しょくだい)の上に
置くためではありませんか
隠されているのは
必ず現れるためであり
おおい隠されているのは
明らかにされるためです

マルコ4:21-22

あなたが暗い部屋に
灯りをもってきたら
その灯りをどこに置きますか?
テーブルの上ですか?
テーブルの下ですか?
ベッドの横ですか?
ベッドの下ですか?
もちろんテーブルの上や
ベッドの横など
部屋の中の家具の上に
置くとおもいます

灯りで部屋全体が
明るくなり闇はなくなるのです

神様を信じ神様と歩む
クリスチャンは暗い世の中の
灯りのような存在でなければ
ならないのです

みことばは灯りだからです

クリスチャンとは
神様のみことばという灯りを
心の中心に持ちその灯りに
したがって歩む者です

だから心にいつも闇はなく
周りの人さえも明るく照らす
のです

クリスチャンなのに
元気がなく、
すぐこの世の闇を
心にとめてすぐに
落ち込む人がいます 
そして人に元気になるように
祈ってくださいというのです
困った時の神頼みです

そういう人は
私の信じた神様の光は
闇を照らすことができません
私の信じた神様のみことば
には力はありませんと
いっている闇の広告塔の
ような者です

そのような人は
神様 神様といいながら
神様のいうみことばを
しっかり信頼せず
神様の手を離していることに
気がついていないのです
それなのに人を神様に導こうと
教会に一緒にいこうとがんばるのです 
そして人にわかって
もらえないと落ち込むのです
それは盲人が盲人の手をひく
ようなものです
怖くて誰もその人に導かれたい
とは思わないのは当たり前です

1ヨハネ1:5には
こう書いてあります

もし私達が神と交わりが
あると言っていながら
しかも闇の中を歩んでいるなら
私達は偽りをいってるので
あって真理を行っていません
(1ヨハネ1:5)

想像してください
神様が私達の目でみえる
存在だとします 

神様を信じていますと言った
瞬間に神様があなたの目の前に
あらわれました!

神様があなたにいいました

あなたがわたしの手を繋いでいるときはあなたの足元に
灯りがつきます
例え真っ暗な闇がきて
先は暗くてみえなくても
心配はいりません
怖がらず足元の灯りをみて
わたしの手を絶対離さずにいたら
足元の灯りが消えることは
絶対ありません 
わたしの手を絶対に
はなしてはいけません

と言われたら あなたは神様の
手を離さず 前方は暗い闇でも
心配せずに神様に手をひかれ
足元の灯りをみて心配せず
一歩一歩進んでいくのでは
ないでしょうか?

神様を信じた瞬間
神様は見えないけど
これと同じことが実際に
起こっているのです

元気がないのは神様の手を
はなしてしまっているからです
闇にいる者はそこに
立ち止まり 座りこみ
近くにいる神様の存在さえも
みえず ぐるぐると同じところを
まわって先へ1歩も進めないのです

神は光です
今日も神様と手を繋いで
光と共に生きましょう
手をもし離してしまったら
神様にごめんなさいといって
みてください 神様はあなたが
手を離していてもすぐそばに
おられるので 神様が光を
照らしてくださいます
今度は離さず神様の手を
握っていてください

毎日が神様と
パラダイスの人生です

Pastor RIE