今日は渋谷にトークショーを聴きに行ってきた。


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なんとびっくりゲスト シトウレイさんが来ていた。

聞いてないよw!



デザイナーと二人ゲストということでトークショーがはじまった。

すごいおもしろかった。



後半に質問コーナーがあって、
この質問で最後ですよー っていう時に
最後の人が〆の空気を読んで

お二人にとって、『モード』とはなんですか?

っていうような質問をした。


もしイヴサンローランが答えてたら
Bravo!!!
とかみんな言って拍手喝采で終わるんやろうけど


そうではなかった。


2人は正直で、モードって
ふわっとした意味の言葉であんまり意味がわからないんだけど
とか
どういう解釈のモードですか?とか聞き返したりしていた。

そう自分もちょっと思ってた
「モード」ってなに?



おれは芸術大学を4年間通って
結局「芸術」って何なのか解らないまま卒業した。

そんな類いなんやろうな。




なんかそういう話の流れか忘れたけど

一番面白かったのが、

「東京のファッション」と世界を比較した表現で



東京は、服をつくってる。

海外は、人を美しく見せるものをつくっている。



的なことをシトウレイさん
が言った。


まさしく。
東京を決して悪い風には言っていないのだが
完全にそうだと思う。

一瞬でシトウレイさんを好きになった瞬間だった。











デザイナーという作り手がいる。



作り手は優秀なピッチャーでなくてはならないと思う。

投げた球は、受け手のミットに入る。

その間でオーディエンスという批評家に打たれることがある。



やっぱり海外はミットを焦がす魂(たま)を投れる選手が多い。



比喩もそうやけど
東京の現物は
止まって見える。
迫力がないというかオーラがない。というか
イメージができない。

ほら素人に打たれた。



あんなんこんなん誰が着んの?
って
田舎のババアに痛快ヒットを打たれてんじゃだめだ。

生まれ変わったら着てみたいわー
って言わさなあかん。





東京でキャッチャーをしてもう一年半がたった。
真っ新のミットには日本人投手の球はあまり入ってこない。
海を越えて飛んでくる超豪速球しか おれのミットを焦がさない。


昨日は噂の少女に会ってきた。

やっぱり美術館はいいなーたまらんなー


世界的かつ厳選された17世紀オランダ・フランドル絵画のコレクションから、
「絵画の宝石箱」と称えられているマウリッツハイス美術館。
2012年4月からの大規模工事のため長期休館にともない、

今、少女は海を渡り「東京」に出張中。





ヨハネス・フェルメール
Johannes Vermeer
1632-1675


「真珠の耳飾りの少女」


1665年頃
油彩・カンヴァス
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これやっぱり行くしかないやろってことで行って来た。

もうすでに60万人動員?時間も延長して連日20時までしてて

もう大人気!

「・・・見る者の視線を独り占めする。」
もうメロメロです。



2014年?工事が終わるまで彼女は世界中を飛び回るだろう。

そして
世界中をとりこにする。
彼女は永遠にアイドルだ。

1881年まで実は埃に被ったようで状態が悪かったらしい。
競売で破壊で落とされ、洗浄されて今の状態。
200年近く売れてなかった。売れっ子じゃなかった。
注目されだしたらもうスターダム!





色褪せず、これからもずっと色褪せない。
世界は彼女を色褪せさせない。
フェルメール渾身の作。
しかと目に焼き付けました。







そして

レンブラント・ファン・レイン
Rembrandt van Rijn
1606-1669



やっぱりすごかった。構図もヤバいが、なにより彼の「白」が好きだ。
迫力と奥行きとディティールの幅、明暗が際立つ。曇りのない「白」の使い手。「白」の魔術師やな。






そして彼の弟子の中で最も才能に恵まれ、今に伝わる作品の質の高さと独創性は群を抜き、
オランダ時代の真の巨匠と呼ぶにふさわしい

カレル・ファブリティウス
Carel Fadritius
1622-1654



彼の作品はごく少数しか現存しない。
街の爆薬庫が爆発し、現場から目と鼻の先にあった彼のアトリエは
跡形もなく破壊されたから。

彼のまれに見る流麗な筆の巧妙な扱いと明るい色使いは
若きフェルメールに影響をおよぼした。


美術館のヘッドホンガイダンスで言ってた。
「カレルの意志は炎の不死鳥になりフェルメールに受け継がれた。」
「フェルメールはカレルの作品を晩年まで手ばなさなかった。」


17世紀オランダ、絵画美術において「黄金時代」と呼ばれる時代。
技術考案、師弟関係などを超えた巨匠達の熱い「意志」を感じる。





この展覧会に行って改めて思ったのが、


「影響」 だ。



昔の影響 と 現代の影響 





古い時代、影響を受けたっていうのは間違いなく「現物」を見てる。

当時はテレビも雑誌もインターネットももちろんないわけで

クリエーターがどんなけ貪欲で、しっかりアンテナを貼らして、フットワークが軽かったかってことだ。

田舎町で制作するんじゃなくて、思い切って盛んな都会に出て、弟子入りする。
どの人がどんな作風でどんなけやばい人かも全部自分で調べていた。
個展、展示会、合同企画展などあったら絶対行ってただろうし、何より作者に絶対コミュニケーションを
取りに行ってただろう。
絵を描くだけじゃない。自分を高めるために現状の自分を営業して回ったのだ。

画材も世界堂が近くにあるわけじゃないし、
こだわったら遠い国の宝石を砕いて顔料をつくった。チューブなわけないし、
しかもめっちゃ高いやろうし。

昔の画家は一から計画できる優秀な営業マンだったのかも。







それに比べて 現代は



例えば、あるクリエーターがある巨匠の絵に「影響を受けた」と言ったとしよう。

自分、それどこで見たの? テレビ?雑誌?図録?ネット?


例えば雑誌としよう、
現物の写真を撮るカメラマン、そのときの照明、カメラの設定で色が変わる。カメラ、PC、データ、機材、出力。
色んな媒体をリレーする。色彩の癖などそれぞれあるし、出力などインクののり方など色々


フィルターがかかり過ぎだ。


現物を斜めから見る。タッチや塗り重ねの厚みはカメラでは表現できない。

現物はオーラがある。

今回の少女見るときとか、ガイダンス何回も聞いてモチベーション上げて、ドキドキして泣きそうやった。


「影響を受けにいく 影響を受けた」って

現物見てなんぼ。

雑誌で影響受けたなら、現物見に世界のどっかの美術館に行ったほうがいい。
感動しないわけない。



現代は便利で情報が簡単に手に入る。

でも大事なのは、足つかって、心で伝えて、手を動かす。

日本の絵師もヨーロッパの画家も、もちろん違うクリエーターも
みんなしてきた。


現代人サボりすぎじゃない?






上手いこと言ったら、

デザインって、出会い がなまった言葉やったりw





じゃ お嬢さん!
またオランダで!

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昨日はビックサイトでやってるGift Showに行ってきた。



結論から言うとすごい考えさせられた。

日本がやばい。悪い意味で




個人的に今 日本の文化をリサーチしてて、意識してしまうのもあって
出展している事業所で「The日本」な商品を出してるところが多くあるように感じた。

陶器、印伝、漆の器、染め物、祝い物グッズ、などいろいろ
可愛い柄、色の組み合わせ、機能的な形

昔のままでははニーズが少なくなってるから
どこも現代人に受け入れられるように工夫している。
コスト面も工夫している。
うわっ!ほしいってモノもいっぱいあった。



そんな中でおもしろいところにふわっと立ち寄った。

鑿(のみ)、鉋(かんな)、ちょうな などを
大昔から代々つくってきた街の匠会がブースを出していたので
職人さんとそのブースにいたおばさんとお話をした。

自分は大学を卒業して京都で木工職人をしていたし、
伝統工芸にも興味があってすごい深い話をたくさんできた。


鉋の刃などは刀と一緒で超高温で叩いて叩いてと
ちょっと工程は分からないがすごい手間ひまかけた魂の作品だ。

でもその商品はやっぱり買い手が少ないらしい。

大事に使えば四半世紀使える。
自分は道具を買ったが、3年で会社をやめてしまった。

リアルな話、全国で一生涯刃物を使う職人が何人いるかということだ。

家具職人
木工職人(内装)
宮大工
住宅の大工
etc


あと住宅の建築工法が変わってしまったのが大きい。

正直な話、今の大工は作業員ではないかと思う。

工場で寸法も仕口も加工された材料が現場に運ばれて、
それをクレーンで上げてはめ込む。組み立てたらボルトで固定する。
床、壁は合板をエアー(コンプレッサー)で釘を打っていく。
ピストルみたいなやつで金槌なんか使わない。
柱、梁まわりとかのかき込みは丸鋸(丸い歯の電動のこぎり)を使う。
手ノコもほとんど使わない。
鑿、鉋はほぼ使わない工程なのだ。

まあ現代の大工さん。
今の大工さんをバカにするわけじゃないけど・・・


むしろ木造じゃなくて壁をパタパタと起こすだけで組み立てれる家だってある。



大工たるもの鉋の一つはひけるようにと思う。
でも使う機会があまりない。
使っている人のモノをのぞいたりしたことがあるが結構ホームセンターで売ってる
替え刃式のインスタントなものだったりする。




・・・鉋は難しい。

京都でいた時、先輩に「 刃いい感じに出したったからこれで一回ひいてみ 」って言われて
やらしてもらったら、もうスカッ、スカッって全くけずられへんくて削れてもあほみたいな
削りカスでうそんって思った。
ちょっと貸してみって言われて先輩にわたしたら、
もう透き通るような刃をいっぱいいっぱい使ったティッシュみたいな削りカスが出た。
そのあと自分がやらしてもらってもまたカス。
次は先輩は片手でひく。
もうすごい。魔法使い。

鉋は本当に深い。

仕込み はメインの刃と裏金という押さえるための刃の二枚で刃の出を調整する。
樫の木の台の口がユルユルじゃダメやし、キツ過ぎると台に負担がかかる。

台直し は台と材料との接地面を真っ平ら、ではなく削るポイントがあったりする。
しかも台直し鉋という違う鉋で削る。樫は狂いやすいのでちゃんと布で巻いて空気の触れないように保管しておかないとすぐ狂ってしまう。しかもまず真っ平らにするとき作業台でペーパーで平にするとシバかれる汗。ペーパーがけは木を狂いやすくするので最初から台直し鉋で修正していく。

なにより難しいのは
刃の研ぎ もうやばい。最初はガッタンガッタンしてもう文では説明できない。
まっすぐではダメでほんのちょっと弧になるようにする。耳が立つから。
カエリが出たら裏を研ぐ。横着してグラインダかけ過ぎても怒られる。
いつになったら上手く研げんのかって思った。

削る前に木の順目、逆目を見る。木と喋る感じ。ひくときは腰に力を入れる。
理屈じゃなくて体で覚える。

針葉樹は鋭角な刃の鉋で、堅い木は鈍角な刃の鉋で、仕上げ用とかいっぱい鉋はもってたほうがいい。種類もいっぱい。


その技術には魂が入ってて、日本の心がそこにある。
日本が誇る職人が技を競っていた。


正直な話、普通の住宅大工が鉋を習得しようなんて無理に近い。
だって実際使わないから。

逆にホームセンターの鉋で十分仕事ができる。


だから 

大工は
鉋を買わないし、もちろんこだわらない。

だから「 鉋 」の需要がない。



本当は国が、大工たるもの鉋をひけるようにって検定をつくったらいいと思う。
鉋を使いこなす仕事じゃなくても、住宅大工として働くには資格がいるってことで
実務2年後とかに試験があったりしてもいいと思う。

木工、家具職人、宮大工もどんどんやばくなってる。
木工業界なんか安いし、ヤバいし、やめるし
家具は・・・イス、机っていっぱいほしくないし
宮大工はどうかしらんけど

日本の技術を小さい枠で保ってたらいいんだっていう考え方じゃなくて、
大雑把であっても、無理矢理ででも伝えるていくべきやと思う。
もともと使ってた職の肩書きの人には意識してもらうべきだ。

じゃないとどんどん使う人が少なくなる。
もっとも伝統的な道具をつくる職人がやりくいできない。
というか、いなくなってしまう。
今回寄らせてもらった匠会。全員おじいちゃんです。


たぶん他のなくなりそうな伝統工芸を守ってる人もほとんどがおじいちゃんが多いと思う。

やばい。


小学校ぐらいから日本伝統文化検定とか強制的に受けさせたらいいと思う。
小さいときから興味を持たせて、誇りに思ってもらうことが大事やと思う。




今、日本で伝統的なモノを売っても流れは同じままだ。

たぶん外国、世界をマーケットにすべきだと思う。




でその時、商品は売れるとする。

でも技術のいる道具は売れない。




「 鉋 」は日本でどうにかしないといけない。