相手が目の前にいなくても
自分の内側が変わると過去すら変わる体験。
昨日「究極の怖れ」の受容が進んで
若い時無意識の怖れで楽しめずうまくいかなかったことも
楽しくてうまくいくようになった記事を書きました。
僕が「究極の怖れ」の受容のプロセスで得た成果の
TOP3を明かして行こうと思います。
そのうち一つは
「人生で最も恨んだ人をゆるせたこと」
小2のときの担任からこんなルールを課されました
「あなただけは誰に何をされても反撃してはいけない」
ある日突然言われ、理由もわからないし
理不尽すぎてちゃんと飲み込めず忘れていた。
するとある日クラスメートの前に呼び出され
いきなり「パン! パン!!」往復ビンタ。
の後に「約束を破りましたね」
????
「禁止したのにまた喧嘩しましたね」
やっと思い出して意味がわかったけど
痛みと突然すぎるショックで
胸が凍りついた。
それ以来本当に、何をされても反撃はできず
ただ泣くだけになってしまった。
喧嘩常習犯だったのがいじめられっこに変わった瞬間。
まったく悪気はないけど
「空気が読めない」とののしられ喧嘩の多かった僕は
いじめまたは仲間はずれに遭う日々が学校・会社までも続いた。
度々小・中・高校時代の辛い場面を思い出しては
やり場のない感情に歯ぎしりしながら思う。
こんなに辛い想いが貯まるなら、
やり返して尊厳を守ればよかった。
それができなかったのは
元はといえばあの先生のせいだ!
暗い情念が燃え上がる
こんな状態だった。
けど、
90秒で脳のモードチェンジができる
「クリアリング」という手法で受容していくと
トラウマに支配された視界が変わった。
「あの正義感に燃える先生が
そんな理不尽なルールを理由もなく
一人にだけ課すかなぁ」
自分の正当化・相手を責める視点でなく
先生の立場になって当時を観ると事実として
僕はトラブル・喧嘩が頻繁だった。
僕が弱いものいじめをして
問題になったこともある。
その状況で先生の視点から観ていると
「あ!先生は僕に人の痛みを教えたかったんじゃないか」
閃きと衝撃が走る。
『力でねじ伏せられる側がどんな想いか、
言ってもわからないなら今体でわかりなさい。
あなたが大人になったとき困るから』
あの先生ならこんな想いを貫いてもおかしくない。
それが事実かは知らないが
そうだと仮定すると
すべてがほどけていく感じがして
恨みどころじゃなくなった。
僕の辛い思い出の原因は
全部自分が作っていたんだな。。。
それなのに、先生のせいにして正当化したから
僕はその後も同じ過ちを繰り返したんだ・・・
これを認めるしかなくなってしまった。
先生をゆるすというより
ごめんなさいだった。
もうちょっと説明はほしかったけど(笑)
積年の恨みも
消えるときは一瞬。
自分のどんな感情も
気づいて受け容れていくだけ。
しっかり受け容れられるようになれば
視界が変わって相手の視点にすら立てるようになる。