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普通に戻るための記録

摂食障害。2015年出産。
どうしようもないクズだけど普通にもどりたい。

帰りの車の中で、うかつにも干しいもを食べてしまった。
そのままスイッチオン。
干しいも300g、
菓子パン5個、
で、嘔吐。
早く帰らなきゃいけなかったから、その程度で済んだ。
ただ、ほんとに油断も隙もあったもんじゃないな。
我が家は古く、今は使われていないトイレがある。
汲み取りトイレ、いわゆるボットン便所。

年末に普段使っている水洗トイレを詰まらせて以来、
吐く場所はビニール袋か、この汲み取りトイレだった。
とは言っても、開けた瞬間に中身が見えるこのトイレ。
普段誰も使わないといえども、そんなに毎回吐ける場所ではない。
それでも、袋の準備が面倒くさいときなんかは、
やはりこのトイレに何度も吐いていた。

最初は怖かった。
でも、すぐに慣れた。
怖さも、見た目も、臭いも、慣れればどうということはなかった。
それよりも、吐く場所を確保するほうが大切だった。


それからの時期は冬だったからよかった。
少し溜まってきたような気がしたら、
しばらく袋吐きに切り替えていたりした。
春先に、表面にカビがモコモコしているのが見えた。
このぐらいなら、自然に腐ってゆくんだなと思って、
またしばらく、トイレの中に吐き続けた。

問題が発生したのは6月になったぐらいだった。
湿度も温度も上がってきて、臭いが発生した。
臭いだけではなく、ハエも大量に発生した。
汲み取りトイレは古い納屋にあり、距離は遠いが母家にも繋がっている。
次第に臭いは母家にも広がっていた。
鼻が鈍い夫ですら、「最近臭くない?なにか腐った臭いがする」
と言うので、本当に焦った。
なんとかしなくてはと思っていた。

そんな矢先に、母に、
「あっちのトイレで吐いてるんでしょう?」と言われた。
咄嗟に「年末に水洗が詰まったときに吐いたけれど、
そのとき以来、汲み取りトイレのほうでは吐いていない」
と嘘をついた。
母は「なんとかしてよ、気持ち悪いぐらい臭いのよ」と言った。
ああ、また家族に迷惑をかけてしまったと、本当に情けなかった。
情けなくて恥ずかしくて申し訳なくて、消えたかった。

次の日、液体のウジ殺しを買ってきて、
規定量よりかなり多目にトイレ内にまいた。
強烈な薬品臭だったけれど、意外と消臭効果に速効性はあった。
しばらくして、バイオ酵素を投入。
それからしばらく経つけれど、
そのウジ殺しとバイオ酵素のふたつを継続している。
そこにはもう吐いていない。


汲み取りトイレで吐くとこういうことになるよ、という話。
退院直後はあまりに減らないことに驚いた。
その後、産後2週間でプラス2kgまで戻り、
3週間でプラス1kgになった。
今はほとんど妊娠前と変わらない。

順調に減ったくちだったので、
「減らない、やばい」と焦る必要もなかった。
なのに過食嘔吐は悪化した。
周りには「産前と全然変わらないねー!」と言われる。
しかし、素直に嬉しいと思えない。
スタイルいいままだねと言われても、
過食嘔吐をしている後ろめたさで、ぎこちない笑みしか出ない。
それを望んでいたはずなのに。
ズルして得たもののような、そんな気持ちだ。

やはり、太りたくない気持ちは消えないんだろう。
娘と夫が寝てから、またカショオ。
昨日は1日4回もやったことになる。
3食プラス1回。
保存用にと買ったお菓子まで食べてちゃ意味ないわ。


産後、本当に悪化した。
前は朝と昼はローカロリーなものを食べて凌いでいたのに。
なるべくしたくないから、今朝はギリギリに起きて、
ギリギリに授乳してから出勤した。

時間が少しでもあると、やってしまう。
吐くのだって、大した量でなければ1~3分で吐けてしまう。
そんなふうに、簡単にできすぎるからだめなんだ。
先輩が、帰り際に言った。
「またあした」
なんだかすごく胸にきて、泣きそうになった。
またあした。
私には、明日があるのだろうか。
当たり前のように同じ言葉を返して、そう思った。

また明日も、食べて、吐いて、死にたくて、
でも娘はかわいくて、夫は優しくて、
だからこそ、それらを享受できる権利のなさに死にたくなる。

またあした、と言ってくれる人がいる。
そこには確かに私の場所がある。
失いたくない。
そこにいたい。
明日も、明後日も、1年後も。
そう願うぐらいは、許されてもいいだろうか。