大杉漣さん急死
2月21日早朝に大杉漣さんが急死したというニュースを今、夜になって知った。
元々かっこいいなと思ってたところたまたま漣ぽっ!を観て、漣さんの誰に対しても礼儀正しく謙虚なふるまいに感銘したのだった。
うちの地元にも収録に来てた。街歩き系の番組ではその地域の店で名物や名産品をたくさん買って、お土産にしたりスタッフと一緒に食べたりしてた。
スタッフからも慕われているのが番組内のスタッフとの会話でよくわかった。ファンサービスも嫌な顔せずやってた。
漣ぽを一度見ただけで完全にファンになった。
さらに猫好きと知って、漣さんを嫌いになる要素が何一つ見当たらなかった。
我が家の愛猫が亡くなった丸1週間後の悲しいニュース。もう私ね、これ以上悲しいニュース要らないんだわ。
毎日家で泣いてる。今朝も愛猫を思い出して泣いて、今夜は愛猫と漣さんを思い出して泣いてる。
素敵な人は早く天に召される。
憎まれっ子世にはばかる。
2018年の2月ほど悲しい月は今後ないかも。
天国にうちの猫がいたらナデナデとだっこしてやってください。メスなんで殿方からのナデナデとても喜びます。
漣さん、さようなら。
そちらに行った際はご挨拶させてください。
2018/02/20
仕事を頑張らなかったツケで過去最低の給料。愛猫の死を経験し、自分の人生をしっかり生きていかねばと決意はしたものの、
今まではもらえたはずのものがもらえないというのはショック。仕事は誰のためでもなく自分のためにするものだ。
迷って悩んでダラダラを3年続けてる。変わらなくてはいけないと自分では思ってるつもりなのだけど変われない。
尊敬している先輩から「変わらないってのはね、本心ではあなたが変わりたいと思ってないのよ。このままでいいと思ってるの。」と言われた。
えっ、と思ったが結果としてさっぱり変わってないのだから先輩の言うとおりなのだ。
本当にこれではいけないと思ったら人間はすぐにでも行動なり環境なり変えるものだという。
悩むのが好き、クヨクヨするのが好きと言われても仕方のない自分。考えるより先に行動ができない。
自分を変えるか違う職業に就くか。転職できるかどうかを除けばすごくシンプルな問題なのだ。
私は前から自分がゆくゆくどうなりたいのか自分でもわからない。とりあえず親に怒られず毎月収入があればあとはどうでもいいからなあ。
葬式の翌日
愛猫の入院からお葬式を終えるまでの5日間私は泣き続け、土曜日を迎えた。
今日はわざと仕事を入れたこともあり、朝方を除いては泣かずに済んだ。とことん泣いたから今日においては涙が売り切れた模様。
明日以降また入荷するかもしれない。
逆に母が日に日にナーバス。注意深く見守ることにする。手芸の道具を探したり、過去の自分の写真を少しだけ整理したりして、悲しみを紛らせようとしたんだって。
でもまだ何もする気にならないという。何もしなくていいよ、寒いからとにかく暖かくして休んでよ。今週は家族みんな心労マックスで当然だからと伝えた。
愛猫が動くと鳴った首輪の鈴、階段を昇り降りするトットット…という音、歩き回るときのカチ、カチ…という爪の音、
トイレしたあと野生に帰るのか、フォォォォン!?みたいな叫び声とともに暴れるように走る音、今は聞こえず女二人の静かな家。
静かになるのが怖くてテレビをずっとつけて、私もオリンピックや仕事の話題など、ベラベラと母に話しかけていた。
トイレのあと走り狂ってる時にテーブルの足に頭をゴンッ!とぶつけるという猫にそぐわぬドン臭さ、
こっちにケツ向けて爪とぎでパツパツ爪を研いだあと、なぜか必ずチラッとこちらを見てからどこかにスタコラ歩いていくルーチン。
とてつもない愛おしさだった。




