お見送り前日
20年間をともにした愛猫が昨日息を引き取り、昨日も今日も家族で集まった。夕食をとりながら愛猫の思い出話をしたりテレビを見たり。
明日になれば愛猫は火葬され、お骨になってしまう。ペットの葬儀屋に電話し予約をした。冬なので愛猫の亡骸は目立った痛みもなく。
猫を看取るのは初めてのことで、ほぼ闘病時の姿勢のまま死後硬直してしまったのが悔やまれる。
元気なときのお気楽な寝姿勢に近い形に整えてあげたら良かったのかな。
目が開いてたので閉じてあげようと思ったんだけど、母が「お目々かわいいじゃない。見ていたいわ」というので閉ざさなかった。
いつものウトウトして眠る直前の表情に見えなくもないが、死後硬直になる前に表情が穏やかに見えるよう整えるなんて機転が私達に利くはずもなく、
すこし突っ張ったような苦しそうな面影も残る。また後悔。耳は相変わらず柔らかだがぬくもりは無くひんやり冷たい。おでこも冷たい。
生前は耳の内側が可愛いピンク色だったが今は真っ白。血が通わないとはこういうことか。肉球は硬直しないようで、プニプニだけど冷たくて真っ白。
やわらかいのになあ。冷たいんだよなあ。
つぶやいたらまた涙が出た。斎場に持っていく写真や花を準備して、個々で撮影してた愛猫の画像を交換したりしてたらあっという間に22時。
お互いじゃあまた明日ね、と言って解散。
母は今夜も猫ベッドを自分の寝室へ持って行った。「この子は寂しがり屋でいつも部屋に来てたからね」
愛猫が生前の姿を保つのも明日の朝まで。毛を持ち込むとメモリアルカプセル的なものを作ってくれるらしいが
いつものように毛をすいても抜け毛がほとんどない。長毛種ではないけどやや長めで、いつもならごっそり取れるのに。
動物病院でブラッシングしてくれたのか、死んでしまうと毛は抜けなくなるのか?わからない。明日、斎場でプロの指示に従おうということで家で毛をすくことは断念。
泣いてもいいんだ。とことん泣けばいつか涙も出なくなる。けど悲しむんじゃない。有難うと感謝しなさい。
同じ時空で生きたことを感謝して弔えばあなたの猫ちゃんは新たにどこかで生まれ変わるから。
仕事でお世話になってる方に愛猫の死を告げたときにかけて頂いた言葉。
だから今日は愛猫にたくさんの有難うを言った。家族みんなで「ほんとにいい子だったね」と言い合って。
母親が2日目にしてペットロスの兆候。頭が働かないし、スーパーに行って食材を見るときに自分たちの食事兼、愛猫へ与える前提で選んでたから買い物に行くたび猫も食べられる食材やペット用品を見るたび思い出してつらくなりそうだと。
長い間わたしは心を病み自暴自棄になり母を傷つけて家族に心配と迷惑をかけてきた。愛猫は死をもって私にたくさんのことを教えてくれた。
今度こそ私が母を支えないと。
真っ白で目が青くてかぎしっぽの
とても可愛い猫でした。
家猫なのであまり外に出さなかった。
窓を開けたり、だっこして外に出たときに外の空気をクンクンと気持ちよさそうに目を細めながら嗅ぐのがたまらなく可愛かったです。
こつぜんと
70近い母親が猫の面倒を見てくれていた。
私は可愛い可愛いとモフるだけで途中からトイレの世話をしなかったもんだからドライフード以外の食べ物をあげる母を咎めたときは
「世話してるのは私よ!」と正論のような、それはソレこれはコレのような返しをされたものだった。
猫の体調が悪くなり私が騒いでるときも「元々タダでもらってきたドラ猫でしょ!」と、高いであろう治療費を出してまで入院させることに否定的だった。
年齢的に過去に何人もの人生を見送ってきてるので、猫が亡くなるのも高齢だから仕方ないでしょ、私は覚悟したわよと言っていた。
愛猫が入院した時から最期の日まで、私がことあるごとに泣いてるのを横目に、母は時折こみ上げることはあっても大きく崩れることはなかった。
14日に愛猫が亡くなったとき、そばにいてくれてたのは母だった。私は心の何処かで息をしなくなる瞬間を見るのが怖くて、
どうせ仕事どころじゃないのに会社に舞い戻っており、息をしなくなる瞬間を見ていない。家にUターンするとすでにお線香をあげてくれていた。
愛猫の亡骸は生前利用してた猫用ベッドに入れて1階リビングに安置していた。私は自分の部屋のベッドに寝ながら愛猫に対する様々を後悔し、ごめんとつぶやき続けた。
鬱だなんだと言ってる間に頭が働かなくなり仕事の量がまったくこなせず、猫を含む家族への配慮もできなくなっていたのだ。
後悔まみれのブログを更新したら愛猫の顔が見たくなり先ほど2階自室から1階へおりた。あれ、猫ベッドがない。
リビングの隅々、廊下、家族が集まった和室と見回ったけども無い。
おそらく母は自分の寝室に猫ベッドごと持っていき、愛猫をそばに置いて床についたのだろう。
晩年の愛猫は夜になると母の部屋に乱入し布団に潜り込んでた。今夜も1階にひとりぼっちじゃ寂しかろうと自室に入れたんだきっと。
AB型であまのじゃく、甘えベタ、口ベタな母。
辛抱強く愚痴を言わない。仕事を定年まで立派に勤め上げた。
頑張りすぎたのか私が小さい頃からちょくちょく病気になり、今も薬を何種類も飲んでいる。相当な美人なのに男を跳ねつけて生きてきた。
昔は猫嫌いと言ってたんだけど20年前に愛猫が来てからは嫌いではなくなったという。
母も愛猫のことを好きなのはわかってたけど、私が思う以上にちゃんと愛していた。
そんな母の性格と忽然と消えた猫ベッドの行き先を想って深夜の無人のリビングでまた涙がこぼれた。
くしゃみが止まらない夜
愛猫が逝去した夜、家族で夕飯を食べお通夜ということにした。
私は猫アレルギーなのだが、最近は部屋に来なくなったせいか薬を飲まずともそんなに症状は出なかったのに今日の夜から鼻のムズムズとくしゃみ鼻水が止まらない。
アレグラ飲んでもダメ。愛猫が「私を忘れないでね」とばかりに症状を引き起こしたのだろうか。それとも風邪を引くのだろうか。
ただでさえ無気力でやっとやっと仕事に行ってるのにペットロスをどう乗り越えようか。
まずは愛猫をちゃんと見送って、骨になったらおうちに置いて、雪が溶けて春が来たら庭に骨を埋めてお墓の代わりに。
恋人いない、友達いない、仕事以外の人付き合いが億劫。最近は楽しいことより辛く悲しいことが頭に焼き付いている。
頭の中が悲しいことだらけだと、人間はだめになるらしい。会社で構ってくれとばかりに落ち込んだり泣いたりするつもりはないけども
ほんとこれからどう立て直そうか。
物心ついてから初めての心から愛した存在の死。今日の午後までは触れば暖かくて、家猫だから20歳でも肉球も柔らかくて、息をするためお腹が動くたびああまだ生きてるって安心して
それが数時間後に息をしなくなってだんだん冷たくなって、夜には徐々に死後硬直が始まって、でも足首から先は冷たいながらもまだ柔らかくて。
お耳も柔らかいままだし背中やお腹を撫でると毛がモフモフしてる。でもひんやり冷たい。こんな悲しいことが世の中にあるんだ。
これが死というものか。
2日間入院させたら10万もかかって家族に怒られた。金もないくせに。金に糸目はつけないとはこっちも一言もいってなかったんだけどさ。
これもまた人生の勉強。どこまで治療してもらうか、予算、ハッキリ言うべきだったか。
そもそも腎臓の薬定期的にもらって、異変が起きたらすぐ連れて行ってれば…?
後悔、後悔、後悔ばかり。
愛猫は介護で我々の手を長期間煩わすことなく、霊園が営業している平日に旅立った。最後までほんとにいい子。
今日はどん底まで悲しんで落ち込むことにする。
溜めてる仕事があるからこれ以上止まれない。
ここに書いて気持ちを整理して、なんとか眠りたい。
自分のブログだから思う存分チラ裏したわ
ねこ3
愛猫が2月14日午後2時すぎに永眠。
浅い呼吸を繰り返してる姿を見ていられず会社に戻った矢先のこと。
20年も生きてくれて有難う。
ドラ猫娘のくせにケンカが弱くすぐ他の猫にお腹を見せ、私を自分と同列(きょうだい)かそれ以下に思ってて、
この子が喜んで食べるからといって親が海苔やあんこをあげるのを何度も怒って、
思い出は尽きない。
本日の記録




