※本作品は実話からヒントを得て創作したフィクションです。登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
■Side A:柳原敏夫
春の午後、谷口家の兄弟会が開かれた。会場は長男・耕作さんの家。縁側にツツジの鉢が並ぶ、古いが手入れの行き届いた家だ。耕作さんは75歳。七人兄妹の長男。末娘・朋美の夫である俺は59歳。この中では最年少ということになる。
親戚が顔を揃えるなんて、結婚式か葬式ぐらいだ。子どもたちの結婚もひととおり済んだ今、残るのは…などとは考えたくないが、だからこそ「たまには集まろう」と耕作さん夫婦が声を上げ、この会が実現した。
特に耕作さんは、このところ咳が続いているらしく、話の途中で何度か席を外し、「歳だな」と笑っていた。
広間の卓上にはちらし寿司に天ぷら、尾頭付きの鯛まで並び、祝宴さながらだった。もっとも、もう若くはない者同士が久しぶりに顔を合わせるだけに、会話は体調や通院の話ばかり。職人気質の兄たちは口数も少なく、空気は重くなりがちだった。
そこで一番若い俺が盛り上げ役を買って出た。流行りのテレビドラマや近所の出来事を話題にし、やがて、若い頃の他愛ない思い出話に花が咲く。耕作さんが珍しく声を上げて笑い、「お前がいると場が明るくなる」と言ってくれ、少し肩の力が抜けた。
その後、会話は笑いに包まれ、皆が和やかな顔でご馳走を囲んだ。そして「こういう会は今後もやることにしよう」と誰かが言い、調子に乗った俺は冗談めかして言った。
「次は誰かが欠けていたりして…」
そのタイミングで耕作さんが咳き込み、一瞬、場が静まった。さすがに高齢者揃いの場ではシャレにならず、すかさず朋美が俺を睨んで言った。
「だから、いつも飲み過ぎないようにって言ってるでしょ!」
その一言で、皆の視線が耕作さんから一斉に俺に向いた。クスクスと笑いが起き、なんとか空気は元に戻ったが、今更ながら、皆もう若くないのだという思いが胸の深いところで疼いた。
そんな些細なしくじりもあったが、宴は盛況のうちにお開きとなった。
七人兄妹が揃うのは、今の時代では珍しい。しかも今では、いつ誰が欠けてもおかしくない年齢に差し掛かっている。それだけに貴重な機会だ。
「こういう集まりは、できるだけ長く続いてほしいもんだよなぁ」
そう願いながらも、妙に小さく見えた耕作さんの背中が頭にチラつき、俺は少しヒンヤリとした夜風に吹かれながら、朋美と帰路についた。
■Side B:谷口典子
二回目の兄妹会が開かれたのは、一年半ほど後のことだった。場所は次男夫妻の家。料理の並んだ食卓は前と変わらず賑やかだ。
ただ、今回は、ひとつ席が空いていた。
「典子さん、無理して出てこなくても…」
皆から言われたが、そうそう何度も開けない食事会だ。
「大丈夫よ」
私は、皆に気を遣わせないよう、笑顔で答えた。
夫の耕作が腰を痛め、しばらく外出できなくなったのは昨日のこと。しかし、せっかく皆が今日のためにスケジュールを合わせたのだから、私だけでも出席するようにと、夫から強く勧められた。
むしろ、心配なのは朋美さんのことだった。半年ほど前、ご主人の敏夫さんが突然体調を崩し、そのまま帰らぬ人となったのだ。
「せっかちだったあの人らしいわよね、最後まで急で」
周囲の空気を読んだ朋美さんが、大げさなほど明るい口調で言った。その気持ちを汲んだ皆がわずかな笑みを浮かべたとき、私は一年前のことを思い出した。
――次は誰かが欠けていたりして…
敏夫さんが不意にもらした一言を聞いて、耕作が咳き込んだときはヒヤリとした。日々、老いが身に染みる者たちの集まりだ。笑うに笑えない。飄々とした朋美さんの一言で救われたが、一瞬、気まずい空気が流れたのを鮮明に憶えている。
ふと、遠い日の母の言葉が脳裏によみがえった。
「“生き死に”に関わる冗談は言っちゃいけないよ」
母から聞いた頃の私はまだ若く、命を軽んじてはいけないという教訓はわかるものの、少々大げさだと感じていた。しかし、今では骨身に沁みる。
食卓の向こう側では、皆が敏夫さんの思い出を語り合っている。よく気がつく人だった、人を和ませてくれる人だった…と。
けれど私は、まったく違うことを考えていた。
――ただの偶然かもしれない。でも…
淡い記憶の底から怪しい呪文のように浮かび上がってきたのは、遠い日の母がさりげなく付け加えた一言だった。
「自分に返ってくるからね」
*毎週金曜21:00更新
