とある概念では、自ら望んでその親のもとに生まれてきたみたいなことを言うけれど
私はやはりそれは同意できないし…
機能不全家庭や虐待の経験がある人にそのようには言えないし、そう思えない。
人は生育環境を自ら選ぶことはできないし、
過去の不適切な環境は本人の責任ではないと私は思っています。
でも成人後は選択の幅が広がり、自分に合う環境・人間関係・生き方を主体的に選ぶことが可能になる。
私はもともと価値のある存在で、その前提の上で人生を選び直していくことができると今は感じています。
先進国においてですが
義務教育や国のルールなど、個人ではどうにもならない部分も半分くらいあるけれど、
個人の意思や行動で決まる部分も半分くらいある…
その半分は、やはり自分が思うように望むように生きていけると思っています。
私は長い間
個人の生き方で決まる部分までも
前向きに生きていこうという気持ちが失われていたのですが…
パートナーとの生活がきっかけで
たとえお金がなくとも…
何もなくても…
病気でも、障害があろうと…
どのように生きるのか、生き方だけは
今から変えることができる
そう気づいてから
パートナーも、結婚生活もより良くなりました。
なによりも、パートナーが自分を責めることをやめ、以前より幸せな毎日を送ってくれていることがありがたいと思っています。
恋愛は諦めていたけれど
(出会う人には、恋愛は向いてないのでと明言していたので)
自分の人生は諦めなくて良かったと
今は思っています
(ある事を勉強中にパートナーと出会ったので、前向きに生きてなかったとしても、勉強しているというのは人生は諦めていなかったと思う)
恋愛や結婚だけが幸せの形とは思わないので
その人にとっての幸せは、まずその人が思う幸せを明確にして望むことから…と思っています。
スピリチュアル系統が言う
自分がその親を選んだとかは同意できないけど
(もしかしたら私の解釈が間違ってるのかもですが)
自分が思う幸せを受け取る価値がある
自分が思う幸せを描く
今、住む家があり、電気がつき、ガスも使え、蛇口を捻れば水も出てくる
それは非常に恵まれていること…
まずそのことに気づいてほしい
そのようなことはとても同意だなと思っています。
パートナーにも
そのようなことに気づいてほしいと思ったとき
私も多くのことに気づきました。
このような事にやっと気づいて
毎日のじわじわと感じる幸せを実感できたので
結婚をして良かったと思っています。
去年1年は、そのような1年だったので
目に見える部分での変化はこれからと思うけれど
夫婦ともに、毎日幸せと言い合えるのは
ほんとに感謝で幸せな人生だと思います。
本当はそのようなことにもっと早く気づくべきでしたが
(過去の結婚時に気づくべきだったし、当時の相手にはもっと感謝の気持ちを伝えるべきでしたが…その点について非常に申し訳ないと思っています)
それでもまだ人生半分くらいは残ってるかなと思うので、間に合って良かったかな(笑)