え……。

そんなこと聞く?

「いや、何回かやり取りしてからですよ」

佐藤さんが答えます。

「やっぱそうだよね、俺なんか、マッチングしても途中で返信来なくなるんだよなぁ」

「タイミングもありますからね」

佐藤さんがフォローすると

「いや、本当に難しいよ」

榎木さんは笑いながら肩をすくめました。


「プロフィールも何回も変えたし、写真も撮り直したし、それでもダメ」

その言葉を聞いて、わたしは複雑な気持ちになります。


きっとあの頃の榎木さんは、本気で恋人を探していたんだろうな。

でも、その"いいね"の中には、わたしもいた。

もちろん、今さらそのことを話すつもりはありません。

話せるわけもありません。

だって、確実に佐藤さんに対する裏切り行為だから。

お互い気まずくなるだけです。


すると榎木さんは突然笑いながら言いました。

「そういえば佐藤くん、今でもアプリ残してないよな?」

その一言に、わたしの心臓がドクンと鳴ります。


佐藤さんはすぐに笑って答えました。

「残してないですよ。ななさんと付き合ってすぐ退会しました」

「だよな!」

榎木さんは安心したように頷きます。

「俺も、彼女できたならちゃんと退会しろよって言ったもんな」

「ちゃんと退会しました」

佐藤さんは迷いなく答えました。

その言葉を聞いて、わたしは思わず佐藤さんの横顔を見ました。


佐藤さんがマッチングアプリを退会ではなく休会にしてて、モヤモヤしたこともあったなぁ。


そうだった。

わたしも、佐藤さんと向き合おうと決めた日に、自分のアプリを退会した。






もう過去のもの。

そう思っていたはずなのに。

目の前には、そのアプリで一度だけつながりかけた人が座っている。


人生って、本当に不思議だな。

世の中って狭い。

そんなことを考えながら、わたしは静かにグラスへ手を伸ばしました。


次回へ続きます。