店を出ると、夜風が少し冷たく感じました。
Fさんと別れ、一人で駅へ向かって歩きます。
さっきFさんに言われた言葉が、何度も頭の中をぐるぐるしていました。
「今ある幸せを見ようとしてるかどうか」
「子どもが欲しいっていう願いと、今幸せかどうかは別の話だから」
分かってる。
頭では分かってるんです。
Fさんが、わたしのことを思って言ってくれた言葉だということも。
でも、考えないようにしても、気づけばまた同じことを考えてしまう。
もし子どもができなかったら⋯。
もし、このまま一生授かれなかったら⋯。
そんなことばかり頭に浮かんできてしまうんです。
その時、バッグの中でスマホが震えました。
佐藤さんからです。
「今日もお疲れさま😊ちゃんと帰れそう?」
たったそれだけのLINEなのに、胸がギュッと締め付けられました。
この人は本当に優しい。
いつもわたしのことを気にかけてくれる。
Fさんの言葉がまた頭をよぎります。
「その人がくれてる幸せまで、自分で見えなくしちゃダメだよ」
返信しよう。
そう思った時でした。
ふと、もう何日も開いていなかったマッチングアプリの通知が目に入りました。
何気なく開いてみると⋯。
そこには、裕太からの追いメッセージ。
『返事ないけど大丈夫?』
その一文を見た瞬間、時間が止まったような気がしました。
どうして今なの…。
どうして、このタイミングで⋯。
Fさんに
「今ある幸せを見失うな」
と言われたばかり。
佐藤さんの優しさに触れたばかり。
スマホを握る手に力が入ります。
少し前のわたしだったら、きっと嬉しかった。
すぐに返信していたかもしれない。
でも、その日は違いました。
佐藤さんの優しいLINE。
Fさんがかけてくれた言葉。
そして、自分でも気づかないうちに少しずつ前を向こうとしている自分。
全部が頭の中を駆け巡ります。
わたしはしばらく画面を見つめたあと、小さく息を吐きました。
「もう、終わりにしよう」
そうつぶやいて、マッチングアプリを開きます。
迷いはありませんでした。
退会しますか?
「はい」
アプリをアンインストールしますか?
「はい」
画面が切り替わると同時に、アイコンがホーム画面から消えました。
そして勢いのまま、裕太の電話番号も拒否にしました。
不思議なくらい、心が軽くなった気がしました。
過去を手放すのは怖い。
でも、前に進むには必要なことなのかもしれない。そう思いながら、わたしは佐藤さんに返信を打ち始めました。
次回へ続きます。