二十数年前、ニュークライムノワールの新星として、『不夜城』を発表し、大絶賛され、当時のミステリ冒険小説界の寵児となった作者の、直木賞受賞作である。
クライム・ノベルを書き続ける傍ら、何年か前から「犬」を主人公にして、人間と犬の関わりをテーマにした作品を執筆しはじめた作者の決定版的な作品である。
2011年3月の東日本大震災から、2016年4月の熊本大震災までの5年間。
岩手から九州までを旅していくミックス犬である「多聞(タモン」が、一時的に人間と関わりを持ち、その人間の心の支えとなり希望の存在になる。
関わった老若男女に、強烈な印象と癒しを残し、やがて別れていく過程を、六つの連作短編として完結させたロードノベルである。
六つの短編一つ一つに、「多聞」と、その時その土地でかかわった、人間の人生とその運命が、犬と人間の絆が、抒情的かつ、説得力をもって描かれており、素晴らしい。
物言わぬ「多聞」の挙動やしぐさに、ある種の神々しさー神の視点とでも言えようかーを感じた。
何気ない描写が、ふと心の奥底にひびき、わけもなく目頭が熱くなる瞬間が読んでいる最中たびたびあり、困った。
ちょうど東日本大震災の年の七月に、愛犬を亡くした私。「多聞」のしぐさに愛犬のイメージが重なって‥‥。
ラスト10ページは涙が溢れた。
かってクライムノワールの新星であった馳星周の、年齢を重ねた深みと真摯な作家としての姿勢。ペットに対する愛情と尊敬の念の深さを感じさせる本作品に対して、心から敬意を表したいと思う。
ありがとう!長い間本を読んでいると、時々今回のような素晴らしい至福の時間(とき)を過ごせる瞬間がある。
だから読書はやめられない。