「主なる神は、人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。」(創世記2:7)
喘息の再発で7月末から2週間ほど「息」が出来ない辛さを体験した。
激しい咳き込みで耳が聞こえなくなり、一瞬無音の世界の恐怖も味わった。
あゝ、「息」も「聴力」も神さまからの預かり物だと改めて思う。
無くなって気付く主の恵みの何と多い事か。
「息」と言えば・・・
日出海は二年前に“呼吸が止まって”天国のふるさとに逝った。
実は、息が止まったのはこれが3回目で。
病院から真夜中に電話があって、飛んで行った時は息を吹き返していた。
もう10年以上前の事だけれど、あの時の怖さは今でもフラッシュバックする。
3度目は祈り会の最中、2024年8月15日。
マナーモードにしていたものだから、病院から自宅に連絡が行った。
留守宅にはS三がいて、病院からの連絡を直接聞くことになる。
「息が止まった」と直接看護師から聞く衝撃にS三はパニックに。
それが原因か? S三の脳はあの時に壊れたかも。
それはそうだよ、わたしは何たって3回目経験者だから。
今度も息を吹き返すかも何て余裕があった。
S三は発狂寸前だったものだから、牧師に同行をお願いして病院に駆けつけた。
三度目の正直、日出海はわたしたちを待たずに天国に逝っちゃった。
喘息の発作は幸いにも3週目には落ち着き、今は楽々スースー。
今は投薬の量をmg単位で少しずつ減らしている。(医師の指示通り)
まだフラツキが多く、K二に「有難う」と繰り返す毎日が続いている。
そうだ、感謝のビー玉を入れよう!

