非受験学年の合格発表の見学には反対 -あえて受験生視点で②- | 2022中学受験(息子)と2027中学受験(姪) -A stitch in time saves nine-

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2022中学受験を終了した男子を持つ父のブログ
淡々と息子の学習(主にテスト)の記録をつけていたブログです。
息子は開成・筑駒をはじめ受験校全てに合格しました。
現在は2027年組の姪っこの中学受験アドバイザーです。

こちらの続編を調子に乗って書いてみました(物語調になってますが、単なる素人の雑文ですので辛口の論評はお控えください)。合格発表編です。また凄く長くなってしまいましたので、ご留意下さい。未読の方は登場人物の背景がわかり難いので、前回の記事をご覧になってからの方がよいかと思います。なお、今年受験生の保護者の方には縁起の悪い話ですので、ご覧にならないで下さい。

 

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2月3日。サピ雄の第一志望のA校の合格発表日だ。発表の時間は夕方15時からである。サピ雄はその日X校の入学試験があるので、それが終わってから母と見に行くことになっている。X校は、A校の試験の感触があまり良くなかったので、第二志望のY校の受験をあきらめて、もう一ランク下げて受験することにした学校だ。

 

サピ雄はA校の入学試験後、その日のことが頭から離れなかった。もう思い出したくないのに。朝までは割と自信があった。でも、当日のいろいろなアクシデントのせいで、試験に集中できなかった。特に算数が例年と違う出題形式だったのが焦りに拍車をかけた。そして、算数の失点を他の科目で挽回しようとし過ぎてしまった。気持ちが空回りして、簡単な設問で無駄に悩んで時間がかかってしまったり、記述式の解答が長すぎて欄からはみ出してしまったり、覚えているだけでも色々とミスをした。

 

A校の試験が終わって待っていた母に会った時、サピ雄は何も言わなかった。いや声がでなかったと言った方がいいかもしれない。あの3年間の努力、そして献身的な母の協力が無駄になってしまったかも知れない、そんな悔しさに押しつぶされて、何も言葉が出なかった。言葉を発すると、そのまま母に抱きついて泣いてしまいそうだ、そう思った。でも自分はもう6年生だ。両親の前ですらいつ泣いたのか忘れてしまった。そんなことはもうできないのだ。

 

サピックスに入りたての頃、サピ雄は泣き虫だった。マンスリーや組み分けの結果表を見てよく泣いていた。算数の問題が解けずに泣くこともあった。でも、いつしかサピ雄は思うようになった。たとえ親の前でも、泣いてしまったら負けだ、それは自分に負けたことになる。泣いても何も解決しない。泣く暇があったら勉強しよう。なぜそう思うようになったかは覚えていない。ただ、サピ雄はサピックスに通った三年間で大人になり、強くなったのだ。

 

A校の試験後、母には「お疲れ様。今日の夕食はハンバーグよ。」と声をかけられた。ハンバーグはサピ雄の好物だ。サピックスの組み分け試験や学校別など、ここぞという試験があった日の夜はたいていハンバーグだった。母の自分を思う気持ちは痛いほど理解している。ありがとう、と口に出したかったが、いつの頃からか気恥ずかしくて言えなくなっていた。ただそっけなく「あ、そう。」と言うと、サピ雄は押し黙った。

 

自信のなさが表情に出ていたのだろう、A校からの帰路でも母はなるべく試験と違う話をしようとしていた。本当なら、「すごくできたよ。自信ある。」と言いたかったし、母はサピ雄がその言葉を発するのを待っていただろう。しかし、サピ雄はただ車窓を見ながら適当に相づちを打つしかなかった。

 

 

2月3日午後2時半になり、X校の試験が終わった。サピ雄はかなり自信があった。X校は急遽受験したので、過去問もろくに取り組んでいなかったが、A校に向けて勉強していたサピ雄にとっては平易な問題が多かった。母と顔を合わせて、サピ雄は「まあまあできたよ。たぶんいけると思う。」と言った。母は務めて冷静に「あら、よかったわね。」と言うだけだったが、内心すごくほっとしていることがわかる。母はいつでもそうなのだ。「成績に一喜一憂しないでください」保護者会などでしつこいくらいに言われるらしい。母はそれを真に受けて、サピ雄がどんなに良い成績を取っても、「あら、よかったわね。」としか言わなかった。サピ雄としては、成績が良いときはもっと派手に喜んで欲しかったが、そうやって感情を出さないようにするのも母なりの愛情なんだと理解できるようになった。「あら、よかったわね。」、この言葉は母が本当に喜んでいるときに出る言葉なのだ。母はX校に進学することになってもかまわない、と思っているのかも知れない。

 

ただサピ雄の気持ちは複雑だった。実はサピ雄はX校のことを何も知らないのだ。本来2月3日に受験する予定だったY校の文化祭には2回も行ったが、X校は「万一のため」の学校だったので、母が学校説明会に1回行っただけだ。今日初めてX校に足を踏み入れたのだから、さあここで学校生活を送る自分をイメージしろ、といっても難しい。X校か、校舎の雰囲気や試験監督の先生の感じは悪くないけど、やっぱりA校に行きたいなあ、サピ雄は思う。ずっとA校目指してやってきたのだ。思い入れは強い。

 

母とA校に向かう。電車に乗り、A校の最寄り駅に降り立った。そういえば試験の日はもの凄く混んでいたな、と思い出す。何だか遠い昔のことのようだ。周囲を見渡すと、駅前には、弾けんばかりの笑顔で親と話している受験生が大勢いる。合格者だろう。「あーよかった!」「ほんとうにおめでとう!」「この駅までの通学定期がいくらか調べとこう」そんな声ばかりが聞こえる。サピ雄は胸がチクチクする。それにしても合格者ばかりじゃないか、と思う。しかしよく見ると、とぼとぼと言葉少なに歩いていく親子も実は同じくらいいた。不合格者たちは目立たないだけなのだ。サピ雄は自分が後者になりそうな気がして不安になる。

 

母とA校に向かう道すがら、ふと向こうから来る顔を見る。C太だ。C太はサピックスへの入塾と同時にやめるまで、サピ雄と同じ地域のサッカーチームに所属していた。その時からの友達で、サピックスに通う受験生の中でも一番仲がよかった。一緒のクラスになることが多かったが、平均すればサピ雄の方が少しだけ成績が良かった。C太とはとにかく気が合った。よく一緒にA校のサッカー部に入ろうな、と話していた。

 

C太はA校の校章が入った大きい茶色の封筒を持って、両親と歩いてくる。そして、満面の笑みだ。あ、受かったんだ、とサピ雄は思う。声をかけようか迷う。でも無視するわけにもいかない。逡巡していると、「あ、サピ雄!」と近づいたC太が声をかける。「お前これからか!俺はあったぜ!俺でも受かったんだから、お前も絶対大丈夫だよ!一緒にサッカー部入ろうな。約束したよな!」。その言葉にサピ雄は戸惑い、胸が痛くなる。頭がまわらない。こういう時なんて言えばいいんだっけ、などと考えていると、母は「合格おめでとう!」とC太にいい、サピ雄に「ほら、おめでとうは?」と言ってくる。そうだ、「おめでとう」って言えばいいんだった。サピ雄は務めて明るく言おうとしたが、自分でも驚くほど小さい声で「おめでとう」とつぶやくのが精一杯だった。輝いているC太の姿をそれ以上見ることができず、ぷいっとA校へ歩き始めた。母はC太の両親に取り繕うように「本当におめでとうございます。」と言い残して、サピ雄の後を追う。

 

母が「どんな時でもちゃんとしないとダメじゃない。」と言ってきたが、サピ雄は上の空だ。そうか、C太のやつ受かったのか。そりゃ俺もA校のサッカー部に入りたいさ。二人でレギュラーをとって、都大会で優勝を目指すんだ。俺は10番をつけるぞ、いや10番は俺の番号だ。そんな夢をSS特訓のお昼休みによく二人で話したものだ。あいつは合格できていいなあ、とサピ雄は心底羨ましく思う。いや待てよ、C太は俺より成績がちょっと悪かった。最後の学校別も俺の方が少しだけよかった。C太が合格したのなら、自分も受かってるんじゃないか。サピ雄の中に、少しだけ期待する気持ちが出てきた。

 

母とA校の校門をくぐる。番号の張り出されている掲示板まではあと数十メートルだが、まだはっきりと番号が見えない。母に「じゃあ行って見てくるから、ここで待っててよ」と言い残して、掲示板に向かって歩いていった。母と一緒に見たい気持ちはある。ただ、不合格だった時に、母が近くにいると泣くのを我慢できない気がした。もちろん母は不合格の自分を慰めてくれるだろう。ただその慰めに自分は甘えて、涙を堪えられないかも知れない。人前では絶対に泣きたくない、たとえA校が不合格だったとしても。「大人になった」サピ雄にとってそれは譲れないところだった。母が近くにいなければまだ自分を保てそうだ、サピ雄はそう無意識に思ったのかもしれない。

 

大勢の受験生をかき分けながらサピ雄は掲示板に向かう。そうだ、C太でも受かったんだ、自分も合格できるかもしれない。算数は自信ないけど、今年の算数は傾向が変わって難しかったという評判だ。それ以外の科目も、ミスはしたけど全くできなかったわけじゃない。そう自分に言い聞かせる。掲示板に近づくが、大勢の受験生と親の頭が並んでいて、なかなか掲示板の数字を確認できない。サピ雄は自分の番号がありそうな番号の列をようやく見つけ、上から順番に目を動かす。

 

ない。もう一度サピ雄の番号があるはずの列を上から見ていく。やはりサピ雄の番号は飛ばされている。右手に持つ受験票で番号を確認する。そして最後にもう一度掲示板を見て、番号がないことを確認する。

 

やっぱりなかったか。声になったかどうかわからない。ただ自分の番号がなかった、その事実を事務的に確認するようなつぶやきだった。あれだけうるさかった周囲の声は全く聞こえない。そうか、自分はこのA校に入学することができないんだ、そう認識できるまで、多少の時間を要した。そして、悔しさ、悲しさ、情けなさ、無念さ、色々な感情が止めどなく溢れてきた。A校への思い、3年間の努力、両親の期待、C太との約束が渦のように頭の中を巡っていく。

 

「ほらごらん、あの子泣いてるぞ」不意にそんな声が耳に入る。最初は自分が泣いていると思わなかった。涙を流していることすら気づかなかった。人前では絶対に泣くまいと思っているのだ。不合格だったとしても泣くもんか。そう思っていたので、自分のことを言われているとなかなか気づかなかった。しかし、我に返ると、サピ雄は掲示板の前で俯き、目からは涙が流れ出している。サピ雄はそれを止めようと思っても止めることができない。

 

声の方を見ると、数メートル先に見覚えのある親子が立っていた。そうだ。試験日の混雑している通学路に立ち、わざわざ見物しに来ていた親子だ。あの親子が今度は合格発表を見に来ているのだ。その父親は続ける「ほら、不合格ってのはあんなに悔しいんだ。6年生の男の子ですらあんなに泣くんだぞ。お前は1年後、泣きたいのか、笑いたいのか、真剣に考えてみろ。今みたいにさぼってたら、あの子みたいになるぞ。」。子供の方はサピ雄の泣いている姿を凝視している。そして、「うん。僕はああはなりたくないから、これから勉強がんばるよ!」と言い放つ。

 

周りの喧噪でサピ雄には聞こえないとでも思っているのだろうか。だが、そのよく通る二人の声はサピ雄にしっかり届いていた。サピ雄は自分の努力のみならず、人格までもが全て否定されたように感じ、打ちのめされる。自分だって泣きたくて泣いてるわけじゃない。でも止められないんだ。俺の何を知ってるんだ。確かに不合格だった。けど、俺は3年間必死でがんばってきんだ。真剣にA校に入りたいと思って、いろんなものを我慢したんだ。決してさぼってなんかない。そもそも、それをあの日に台無しにしたのはお前らじゃないか。そう一言いってやりたい。

 

しかし、その父親は、子供のその言葉を聞いて満足したのか、「よし、じゃあ来年泣くことにならないように早く帰って算数の問題集やるぞ。」と言って、子供の手を引っ張りながら立ち去っていった。深く傷つき、涙の止まらないサピ雄には、その親子の後ろ姿を追うことができなかった。

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ここまで読んで頂きありがとうございます。

当然フィクションですが、非受験生の合格発表見学、私としては行くべきではないと考えています。

 

ちなみに物語の方はここで終わりだとサピ雄がかわいそうなので、ご要望をコメントして頂ければサピ雄・再起編もいずれ書こうと思います(いつになるかはお約束できませんが)。

 

書きました。

サピ雄・再起編①

 

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