ピンと張っていた髭はいつものようにブランとよねの喉にぶら下がるただの一本の毛に戻っていた。
(な、なによ、どうしたのよ? この髭? )と、わずかながら精神的ショックがあったものの、すぐに「いらっしゃいませ」と反射的に対応するよね。
「こごの店やは、たいしたおっきいのに、だいもいねなんて、それもおがしいなぁ」
しかし、よねには老婆の言葉が所々わからない。
「あ、あのぉ、……申し訳ありません。……何か、お探しですか?」
よねの問いかけに、老婆は(おお、そうだっ)という顔をして左手に持っている杖で棚に掛かっている下駄を指した。
よねは、老婆が指す杖の先を見た。そこには白い木目も鮮やかな桐の下駄が掛かっている。
それは、数ある下駄の中でもかなり高級なものの一つだ。
「あの下駄(げだ)、見へでけねがのォ」
(見せて欲しいっていうことかしら?)
「はい」よねは髭の異常を考える余裕もなく、ちょっと背伸びをして桐の下駄をとった。
そしてその下駄を差し出したが、老婆は手に取ろうとはせず、よねの小さな手の平にのった桐の下駄を頭を右に傾けたり、左に傾けたりしながら眺め回している。
「ほぉ~、ずんぶどいい下駄(げだ)だことォ。オラは今まで、たげだ(いろんな)はきものば、見んできたけど、こったらだいい下駄(げだ)ば、ながながねェど。……どれ、ちょっくら履いてみっか」
老婆はそう言いながら、自分の履いている草履を脱ぎ始めた。よねは慌てて、手にしている下駄を老婆の足元に置いた。
それまでは気がつかなかったが、老婆はなかなかいい草履を履いている。
鼻緒は薄茶で、草履の表は深緑。うっすらと螺旋の模様が描かれていた。
足袋も着物の汚れとは似つかわしくないくらいきれいだった。
「ちょごっと肩を借りっぞ」
老婆は左手に持った杖だけでは自分の体を支えきれないらしく、右手でよねの肩につかまりながら下駄に履き替えた。
「おぉ、丁度ええわ。やっぱりオラの目さ狂いはねぇ」
老婆は、よねを見ながらやはりしわがれた声でそう言って、またニターッと笑った。
「おめぇ、さっきこんな汚ねえババアが何でこんなきれいな草履履いてるんだろうと思ったべ?」
よねはびっくりして、首をブルブルッと横に振った。
「いいって、いいって、隠さなくってもな。……オラはな、歳くってっから転んだりして怪我しちゃなんねぇべ? ババアになるとな、骨っこさ脆くなってすぐにポキッと折れるだよ。足元だけは気いつけねばなんねぇと思ってるだよ」
よねはそう言われても、なんて答えていいかわからず取り合えず愛想笑いを浮かべていた。
そんなよねのことを無視するかのように老婆は、下駄を履いたまま店内をキョロキョロとし始めた。
まず、作業場の正司が気になるらしい。
「あそこさ、いだ人が、この下駄(げだ)ば作ったのが?」
「はい、そうです。」
「まったく、愛想のねぇ人だねぇや」
(まったくその通りだ!)とよねも思った。こうやってあたしが、店に出ているというのに下駄作りに夢中でお客の存在すら知らないらしかった。
すると、老婆は今度は居間の方を覗き始めた。
「なんぼ、いい匂いするごとォ~。これは玉子焼きだなぁ~。ふっくらと黄色いやつだべよぉ。フワフワとしたのが一番うめぇこど」
老婆は、目を軽くつぶって.まるで自分が玉子焼きを食べている姿を描いているようだ。
よねはお勘定をすぐに貰っていいものかわからず、あさを呼んでこようかとソワソワし始めた。
「ところで、ここの店はあんたと、あそこで下駄(げだ)ぁ作ってるあんさんと、料理を作っているおなごだけがぁ」と突然、老婆が質問をしてきたではないか。
「あっ、いえ……」
いきなりお客さんから思いもかけない質問をされたものだからよねの声が上ずった。
「おぉ、わりいなぁ。急に変なごと聞いでまってのォ。今はこえぇ事件だの、いっぱい起ごってるとこだべし、知らねえ人に家の中のごと聞かれたら、おったまげるべぇのォ。……それにしてもこいだげの店構えだぁ。もっとたくさんの職人さん、抱えでんのかと思ってよぉ」
「はい、父と母がいます。あと兄が三人。一番上の兄が、今あそこで下駄を作っています。二番目の兄は、父とお得意さんのところにご挨拶に……。この4月から、おまわりさんになるんです。それと、三番目の兄は、裏の物置で整理をしていて……。あのぉ、私でわからないことがあったら呼んできましょうか?」
よねは喋らなくてもいいことまで、自然と口からペラペラと出てきてしまうことに戸惑いを感じながらそう聞いた。
「いやいや、そんな心配はすんな。……ほーっ、おめえの二番目のあんさんは警官になっだか? おめえのあんさんじゃ、さぞ凛々しい顔してらべのォ」
そう言ったかと思うと、老婆は急によねの顔を覗き込むではないか。
ワカバのよもやま話コーナー
(65)
みなさんは、お母さんやお父さんにどんな子守唄を歌ってもらいましたかぁ
ワカバは、お母様からごく普通のこの子守唄ですぅ
でも、ワカバ家は最後の歌詞が違ってます
ねんねん ころりよ おころりよ
ワカバは 良い子だ ねんねしな
ワカバのお守りは 何処へ行った
あの山 越えて 里へ行った
里のお土産 何もろた
でんでん太鼓に 笙(しょう)の笛
おきゃがり小法師に 犬張子
叩いて聞かすに ねんねしな
ねんねんよ〜 こんこんよ〜
ねんねんこんこんよ〜
✽ また最初に戻ってずっと繰り返します
✽赤文字の部分をみんな知りません。ご存知の方がいらしたら嬉しいなぁ
そして、お父様が歌ってくれたのは、この子守唄…って、これ子守唄じゃにゃーがね
シスコ ココナッツ サブレ アロハ
太陽が 砂浜に 恋人の 影落とし
今日が 昨日と 重なり合う渚
シスコ ココナッツ サブレ アロハ
ココナッツサブレは シスコ
何も知らない小さなワカバはこれを子守唄だと信じて寝てました
しっかり覚えてました(笑)
この曲をYouTubeでやっと見つけましたぁ
でも、他のCM の90秒後くらいに歌の終わりの部分がちょっと流れます。 良かったら聴いてちょうね
ワカバがなかなか寝ない時のお父様の必殺技は、この曲を聴かせるんです
そうすると、ワカバはコロッと寝てしまったそうです。でも、曲名が分からず、テープかレコードかCDかも覚えてないって プンスカ!!
でも、偶然、ラジオから流れるメロディ紹介でわかりましたぁヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
「コマネチのテーマ」です。ぜひ聴いてみてくださいね
第14章「謎の老婆」④ へつづく
※ YouTube からお借りした曲及びAI による画像生成イラストがあります
「およねさん」
今回の主な登場人物…
土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。
謎の老婆…そのまま、謎の老婆です。
(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)