晋一の書き初めを見た途端、みんな頭の中が「???」だらけになってしまった。

  そこには¢1んや〆ノレーポドノレマと書いてある。



    千恵は首を捻りながらも、取りあえず読むことに挑戦をした。

    「マノレドポーノレ……ヤン……イチ……?」

    確かによねにもそう読める。しかし、こんな言葉、授業で習ってない。


    「うーん、わかりません」結局、千恵は根を上げた。

    さあ、この字を解読できるのは……と、教室中がまさにそんな雰囲気に包まれた。風が出てきたのだろうか、ガラス戸がカタカタと鳴り始めた。


    「じゃあ、小林君。みんなに自分の書き初めを発表して下さい」

    さすがの先生も読めなかっただろうし、他の生徒にこの難問を振りはしなかった。


    「は、はい。アルドボールの……せ、せんしゅ……です」

    一瞬の静寂があった後、教室中が「オオッ」という、どよめきともつかない言葉の波が押し寄せた。そして、その後からクスクスという笑いが漏れ出した。


    先生はみんなを静まらせてから、やさしく語りかけるように話し出した。

    「そう、小林君はアルドボールの選手になりたいのね。でも、この夢はそう遠くのものではないわね」

   (そうなのだ!5年生に進級したら、私たちはアルドボールをやることになる!)よねは思った。


    アルドボール……これは5年生からの必修科目。ドッジボールとサッカーをくっつけたような競技だ。5年程前から、品川区の小学校で体操の授業に取り入れられたスポーツだった。


    ドッジボールは、明治42年(1909)、坪井(げんどうや可児(かに)徳によって紹介されたが、最初の頃は円形デッドボールと呼ばれ、円の外側の者が円の中にいる者にボールをぶつけ、ボールをぶつけられた者は、円から出なくてはいけないという単純なものだった。


    その後デッドボールはドッジボールと名称を改めてテニスのようなコートにお互いが分かれ、ボールをぶつけ合う競技へと発展していった。アルドボールもそれに似ていた。


    しかし、ドッジボールに比べアルドボールはかなり激しいスポーツだが、子供たちの人気は高く(朝見台小ではそうでもないが)、4年前の秋から、品川区でアルドボールの小学生大会も始まっていた。

   その選手になりたい!と晋一は言いたいのだろう。しかし、晋一はかなりの運動音痴だった。


    「アルドボールの選手に何故なりたいの?」先生からの質問が早速飛び出した。

 「ぼ、僕は、ドッジボールで、よ、よけるのが……う、うまいから……です」


    「ばーか!よけるだけじゃ、だめなんだよ。アルドボールは……」

    そう言う聡を、先生はたしなめながら晋一にこう言った。


    「アルドボールは、相手にぶつけるかゴールしないと点数にならないから、ルールをよく知っておく必要があるけど……。小林君は、アルドボールで知っていることはある?」


    晋一は頭を激しく横に振った。

    「それでは、アルドボールのルールについて、説明できる人は?」

    先生がみんなに問い掛けたが、誰一人手を上げる者はいなかった。いや、ただ一人、手を上げようとしてやめた者がいた。転校してきた闘馬だ。


    「アルドボールは、みんなが5年生になったら授業でやりますから、その前にルールは知っておく必要があるわね。では、ルールについては、あらためて今度の体操の時間に勉強しましょう」


    先生は晋一に向き直って「小林君は、アルドボールの選手になる自信はある?」と聞いた。

  晋一は、首を傾げながら頭を激しく横に振った。


    「そう。でもルールをしっかり勉強すれば、小林君の書き初めの夢も叶うと先生は思うから、頑張りましょうね」

    「は、はい……」


    風がさっきより一層強くなってきたようだ。ガラス戸の揺れも激しくなっていた。

    「はい、それでは……次は、小林君の隣の坂口君!転校してきたばかりで、書き初めはないわね。でも、将来の夢については言えるわね」


    そう先生に促されて、闘馬は席から立ち上がった。

    「はい!僕の夢は、飛行機のパイロットです」

    「あら、やっぱりお父さんの遺志を受け継ぐのね」と言って、先生は慌てて自分の口を押さえた。


   そして少し間をおいてから「坂口君のお父さんは、飛行機に乗ってらっしゃいました」とつけ足した。

    生徒全員が「へぇーっ」とか「すげえ」とか感嘆詞を漏らした。


   それもその筈、この頃は車の免許でさえ持っている者がそうはいなかった時代だ。そんな時にお父さんが飛行機に乗っていた、となればみんながみんなビックリしてしまうだろう。


    しかし、よねは違うことを考えていた。

   (乗っていた?)ということは、今は何をしてるんだろう?と……。


    「では、坂口君はどんな飛行機に乗りたいのかしら?」

    「はい!とても大きな飛行機です。500人が乗ることができるような大きな飛行機です」

   闘馬がそう言った途端、教室中がさっきまでの尊敬の驚きから、今度は人を馬鹿にしたような大笑いへと変わっていった。


   「あっははは……、何言ってるんだよ。聞いたかよ、今……」

   「くっくくく……、聞いた聞いた、500人だってよ……」

   「どこの世界にそんなでっかい飛行機があるって言うんだよ……ガッハハハ……」

    まあ、みんなが笑うのも無理はなかった。


    人類がはじめて動力飛行を成功させたのが、明治36年(1903)。フライヤー1号で飛んだライト兄弟だ。

   初の動力飛行距離36メートル、飛行時間は12秒だった。


   その後、1914年に勃発した第一次世界大戦を機に、飛行機産業は飛躍的に発展した。

   1929年にはドイツがドルニエDoXという、エンジンを十二基備えたジャンボ飛行艇で、乗客169人を乗せて一時間飛行し、人員塔載の世界記録を打ち立てた。


   とはいうものの、一般に知られている飛行機はまだまだ戦闘機程度のもので、とても500人が乗れる大きな飛行機を想像する域に達してはいなかった。







ワカバよもやまコーナー


   お正月の連休中に「ラーゲリより愛を込めて」を観てきました。



   極寒のシベリアでラーゲリ(強制収容所)に捕虜となった日本兵が強制労働させられた物語です。


   お正月から戦争映画を観に行くのはワカバくらいかなぁ、なんて思っていたらナントほぼ満員の観客❗️空いている席を探すのが大変なくらい。

   ワカバを入れて4人の女性が一番後ろのシートに横一列に並んで座りました。


(マイナス40℃のラーゲリに抑留される日本兵)


   昭和20年(1945)8月8日、ソ連が日本との不可侵条約を破って宣戦布告炎

   (プーチンが敬愛している)スターリンが「日本軍捕虜50万人をシベリアに移送せよ」と命令を下しました。

   たった1週間しか戦争に参加しなかったくせに〜ムキーッ 


   ワカバの祖母の知り合いのおじさんが、シベリアに抑留されていたので、ワカバは学生時代にその辛い体験談を聞いたことがあります。

    その話が映画を観ながら思い出されて、早くもウルウル悲しい 状態です。


(飢えと寒さで作業中もバタバタと倒れて死んでいく日本兵)


   掘っ建て小屋のようなラーゲリはストーブもなく、1日の食事は約350gの黒パンと薄いスープが少しだけ。


(1枚の黒パンを味わいながら食べる日々…みんなガリガリに痩せていきます)


   朝、起きると仲間が毎日のように凍死していたとおじさんは涙を溜めて語ってくれました。

   ワカバにシベリア抑留の話をしてくれた時、おじさんはもう90歳前後だったと思います。


    でも、あの地獄の日々を忘れることはない…とおっしゃってました。

    ラーゲリに入る前に、ロシア兵に銃を突きつけられて腕時計や万年筆などすべて盗られたそうです(映画ではそのような場面はありませんでした)


    おじさんが盗られなかったものの1つ…運転免許証です下矢印


(子供のいなかったおじさんがラーゲリ内での所持品を形見として祖母が受け取りました。おじさん、イケメンです)



   ラーゲリでは、ロシア兵の抜き打ち検査があり、手作りのトランプや花札が盗られたそうです。

   花びらや葉っぱを水で溶かして色を取り、隠していた紙に塗って花札やトランプを作ったそうです。


    映画でもトランプや花札を抜き打ち検査でロシア兵に盗られる場面はありましたが、日本兵がなぜそのような娯楽品を持っていたかの説明はありませんでした。


   おじさんがラーゲリ内で見つからないように作った手作りポーチです下矢印


(横16cm、縦12cm です)


   糸も針もないので、針金を尖らせて、糸を通す部分は針金を小さく曲げたそうです。

   糸はボロ切れの布を利用したそうです。

ボタンは木の枝でしたが、無くなっています。

後ろは、ベルトに通すように工夫されてます。


   ポーチの中に免許証などが入っていました。

   また次回、その他の所持品をご紹介したいと思います。



   映画は主演の二宮和也さんの他、二宮さんの奥さま役に北川景子さん。

   ラーゲリ内の仲間はこちらの方々です下矢印


(右上から時計回りに中島健人さん、安田顕さん、桐谷健太さん、松坂桃李さん)


※ 「ラーゲリより愛を込めて」は次週も続きます。



第6章「横浜から来た転校生」⑦ へつづく


※ 画像は、私有物 及び ネットからお借りしました。





「およねさん」


 今回の主な登場人物…


土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。


花門前(はなもんぜん)麗香(れいか)…よねの学級担任。24歳。容姿端麗でスポーツ、ピアノが得意。アルドボールの顧問となり、朝美台小を勝利へと導いていく。


坂口 闘馬(とうま)…横浜から転校して来たよねの同級生。今後の物語の鍵を握る。


平山 ふみ …よねの同級生。鼻ぺちゃのお喋りで明るい性格。


山村 サチ …よねの同級生。インテリ眼鏡で冷静沈着。いつも低音で論理的に喋る。


岩田 聡(そう)…よねの同級生。図体がでかく勉強は大の苦手だが、人情に厚い魚屋の息子。


小林 晋一(しんいち)…よねの同級生。気が弱く、みんなから馬鹿にされ、すぐにどもってしまう。




(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)