「今年はじめての授業だから、最初に先生に指された者は、今年一年きっと良いことがあるって聡ちゃんが言ってさ。それじゃあ、最初に指されるのは誰か、男子全員で競争しようってことになったんだ」
すると、よねの後ろの手塚が、「何でも、はじめてのことは良いことだって言って、岩田の奴、でっかい屁をしたんだよ。一番屁!だとか言って」
それを聞いていたサチが、「まったく、あの男、ろくなことを考えないわね。……まっ、そんなくだらないことを考える男に負けるのも癪だわ」と、今まで以上に磨きの掛かった低音でつぶやきながら、手を挙げた。
よねも(なるほど、今年最初の授業で先生に一番に指されるのは、気持ちが良いわ)と思いつつ、うーんと手を伸ばした。すると、他の女子も次々に手を挙げ出した。
小さな手の平が、四角い空間いっぱいに舞い上がった。その様は、まるで教室中に可愛いピンク色の珊瑚が無数に散りばめられたようだった。
手を挙げていない生徒を捜すのが逆に大変なくらいだ。これには、花門前先生が面食らってしまった。
「あら、あら、今日は凄いわね。うーん、これでは誰に最初の発表をしてもらうか、先生の方が迷ってしまうわ」と手を挙げているみんなを見まわしながら「それじゃあ、一番早く手を挙げた、岩田君!岩田君から発表してもらいましょう」と聡を指名した。
「おおっ!」と一瞬驚いたような声を上げながら、聡がしかし、ニッコリと笑って立ち上がった。周りのみんなは、ガッカリとした顔で手を下ろした。
「それじゃあ、岩田君。自分の書き初めを両手で持って、みんなに見えるように高く掲げてください」
聡は胸を張りながら両手を高々と掲げ、自分の書き初めを四方八方に披露した。そこには、半紙に墨汁がボテンボテンと滲んではいるものの、豪快に書きなぐった字で、『魚屋』と書いてあった。
「そう、岩田君の将来の夢は、お父さんの跡を受け継いで、魚屋になることなのね」
先生は、ロダンの『考える人』のような腕の組み方をするのが癖だった。ただ、顎を置くのは拳ではなく、ピンと立てた人差し指。そんないつものポーズで聡にこんな質問をはじめた。
「それじゃあ、どんな魚屋にしたいのかしら?なにか考えていることはあるかしら?」
聡は胸を張って「はい、俺がおやじ……、あっ、いえ、……僕が父の後を継いで、日本一の魚屋にしたいです」と答えた。
「それで、その方法は?」先生は、また質問をした。
「はい、新鮮な魚をたくさん仕入れて……、えーと、もっとお店を大きくして、……そうしたら、たくさんお客さんも来るだろうと思います。」
「その他には?」先生は、また聞いた。
そうなのだ。花門前先生は、次から次と質問をして、生徒の考えをいつも引き出そうとする教育をしていた。
聡は真っ赤になりながら「はい、えーと、その他には……えーと……まだ、ちょっとそこまで考えていませんでした」と大きな体をもじもじさせながら答えた。
そんな聡の姿を見ながら、よねは(聡ちゃん、頑張れ!)と心の中でつぶやいた。
「あっ、でも、魚をたくさん仕入れると、大分安くなるから・・・。そうだ、先生!魚をたくさん仕入れて安く売って儲けます」
「でも、たくさん仕入れるんでしょう?そんなにたくさんの魚を、いくらお店を大きくしても、さばけるかしら?」
聡は、先生の質問にまたも考え込んでしまった。
「そうだよなあ、そんなにたくさんの魚、うちだけで売れっこないよなあ。……天秤(てんびん)棒で桶を担いで売って歩いても、そんなにさばけないだろうしなあ……」
聡はブツブツとひとり言を繰り返していたが、突然何か閃いたようだ。
「先生、俺……僕、お店を増やして売ります。そうすれば、たくさん仕入れることができるし、たくさんの魚を安く売ることもできると思います」
「ええ、それはすごいわ!お店を増やすのはすごく大変だし、仕入れた魚を運搬する方法も考えなくちゃいけないけど、岩田君なら頑張れると先生は思います。他にもいい考えが浮かんだら、また発表して下さい。頑張ってね!」と、先生は両拳を握り締めるポーズをとった。
「はい、それじゃあ、岩田君の夢が叶ように、みんな、拍手!」
みんなに拍手をされながら、聡は自信満々に鼻の頭を擦りながら、席についた。
聡が椅子に座った途端、もうみんなは手を挙げようと身構えている。先生は笑いながら、みんなにもういいよ、という意味で手を横に振った。
「次は岩田君の隣の遠藤さんから順番に発表していってもらいましょう。そして、発表し終わった人が、これから発表する人の書き初めを大きな声で呼んで下さい。いいですね。……はい、それでは遠藤さん、お願いします。
遠藤千恵の書き初めは『お花屋』だった。よねが千恵の発表を聞いていると、ふみがよねの書き初めを覗き込んできた。
「へぇ、よねちゃん、そういうのになりたいんだぁ」ふみが小さな声で呟いた。
「ちょっと、ふみちゃん、見ないでよ!」
「見るな、と言われてもそんなに大きく書いてあったら、嫌でも見えちゃうわよ。」とふみは言いながら、「駄菓子屋さんねぇ。私はてっきり歌手にでもなりたいのかと思ってたけど、でも、よねちゃんにはお似合いかもね」とひとり言のように呟いた。
よねもふみと同じく人の書き初めは気になる。特にサチのが……。首を伸ばして、ふみの隣のサチのを見ようとしたが、半紙が裏返しになっていた。ご丁寧に、サチの両腕がその上に置いてある。
(サッちゃん、なんて書いたんだろう?)そんなことをフッと考えていたら、いつの間にか、千恵の発表が終わってしまった。
次は小林晋一だ。晋一はいつものことながら、キョロキョロと自信なさそうに、書き初めを胸にくっつけて立ち上がった。
晋一の書き初めを見た途端、みんな、頭の中が「???」だらけになってしまった。それもその筈、書き初めとは、普通縦書きなのだが、晋一のは横書き。それも当時の横書きは、右から左に書くので、まだ乾いていない墨汁が、書いている時に手の平についたのだろう。墨の後が半紙にべったり残っている。
それでさえへたくそな字なのに、なんて書いてあるのか余計読めない。
そこには『¢1んや〆ノレーポドノレマ』と書いてあった。
ワカバのよもやま話コーナー㉑
あけまして
おめでとう
ございます
みなさま、今年も宜しくお願いします🙇🏻♀️
新年なので物置物語から始めちゃうよ〜
物置の中の大きなタンスから、曾祖母が三味線のお稽古で使っていた長唄の楽譜?が大量に見つかりましたぁ
スゴくたくさん発見出来たので、今回はその中からほんの一部をご紹介しますねぇ
まずはお正月なので縁起の良い演目〜
「鶴亀」
嘉永4年12月、10代目 杵屋六左衛門作曲 となってます。
お歌の右に小さく「ぬ、た、ら、ぬ、り…」と書いてありますが、これは三味線の音符のようなものです🎶
三味線は本来、3本ある弦のどこを指で押さえるかは長年の勘です。でも私のような素人にもわかりやすいように「い、ろ、は、に…」と弦の押さえる部分を教えてくれる譜面ができました。
祖母は「私がお稽古していた時はこのようなものはなかったよ。お師匠さんの指を一生懸命見て覚えたものさ」と言ってました。
次にご紹介するのは、こちらです
右が「綱舘(つなやかた)」、大薩摩玄太夫作曲。左が「梅の栄(うめのさかえ)」、杵屋正治郎作曲となっていますが、どちらも作曲年代が書いてありません。
この譜面の表紙に「口三味線入」と書いてありますが、これは先程の弦を押さえるアンチョコのない意地悪な譜面です 笑
お歌の右に「チンチリリンリン…」と書いてありますが、これはお師匠さんが口で三味線の音を奏でているんです。お弟子さんはそれに合わせて三味線を弾きます。
こんなの出来ないわ
でも祖母が私の「勧進帳の滝流し」に合わせて「トッテン チリ トチチリ チリ ツル チリツル チリ チリトチチリ…」と言ってくれた事を覚えています。
だから今も車を運転している時に、自然とこの「口三味線」が口から漏れることがあります 笑
(歌舞伎の勧進帳の一場面です)
その「勧進帳滝流し」の動画があったので、もし興味のある方はご覧くださいねぇ🎶
2分30秒ほどの動画ですが、結構、威勢のいい曲調ですよ🎵💜🎶❤🎵💙🎶💚🎵
ちなみに向かって右側の女性は私です…あっ、冗談ジョーダン
でも似てるわ (ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ笑
この「勧進帳」の譜面はこちらです
右側が「勧進帳」、天保11年3月 4代目杵屋六三郎作曲となってますね。でも、この譜面にはアンチョコがないから弾けないわ
どちらにしても、もう10年も弾いてないから弾けないわぁ…ちゃんとお稽古しておけば良かった
ちなみに左の譜面は「花見踊」、明治11年6月 竹紫瓢助 作詞、3代目杵屋正治郎作曲 です。
これはアンチョコが書いてある〜
せっかくここまで書いたので、最後に「越後獅子」のお稽古本をご紹介しますねぇ
こちらは、文化8年、9代目 杵屋六左衛門 作曲となってます。
この譜面には、お歌の隣に数字が書いてあるんです。これはナニ
あ〜、もっといろいろなことを聞いておけばよかったぁ
我が家は、曾祖母、祖母、母、ワカバの代でお三味線も途切れちゃうわ
みなさんもおじいちゃん、おばあちゃんがお元気なうちにいろいろなことを聞いてあげると喜びますよ〜
第6章「横浜から来た転校生」⑥ へつづく
※ 画像は、私有物を、動画はYouTubeを添付しました。
※ 規定文字数を超えてしまった為、登場人物紹介は省略します。
(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)