「まったく私ったら交差点の人通りの多い真ん中で時次郎にプロポーズするのよ。それも女の私からよっ!……今から考えても、本当に身勝手な夢だったわ」と、少し頬をピンク色に上気させて恥ずかしさを押し殺すようにつぶやいた。

  よねもふみも顔を見合わせて笑いをこらえた。




    学校が近づいてくると、袴姿や着物姿の男子や女子で賑やかさが増してきた。校門には、大きな日の丸の旗が翻り、門松がデンと飾ってある。


   朝美台尋常小学校は、木造二階建て、コの字型で北に延びそれぞれ東棟、南棟、西棟と呼ばれていた。

   生徒数は約千百名。よねの学年は、四組編成で約二百名いた。


   当時の小学校は、男子だけの男子組と女子だけの女子組に分かれていたが、朝美台をはじめとする品川区の主な小学校は、男子も女子も一緒の学級で学んでいた。


   これは「特別指定学区域」に入っていたためだ。なぜ品川区だけがそのような組編成を取ったかを、文部省及び軍の関係者は一切公表しなかった。


    これらの組編成といい、おかしな授業科目といい、いったい国は何をしようとしているのか?それがわかるのは、ずっと後のことだ。取りあえずここは物語の先を急ごう。


    正門を入るとすぐ右手に二宮次郎の銅像があり、だだっ広い校庭が広がっている。左手はすぐに校舎の東棟だ。

   その脇を通り抜けると、コの字型の校舎の中庭になっていた。中庭といっても、ただみんながそう呼ぶだけで、小さいが立派な校庭だ。


    中庭の中心、南棟には稲穂がたわわに稲をつけている朝美台小の大きな紋章がある。

   これは、子供達が稲穂のようにスクスクと育って欲しいという願いと「実るほど、頭こうべを垂れる稲穂かな」の言葉通り、大きくなっても、偉くなっても、いつも謙虚な気持ちを忘れないように、という思いが現われていた。


    その中庭を通れば、よねの学級がある南棟になる。よねは南棟の二階、4年3組だった。

  教室に入ると、3分の2の生徒がすでに来ていた。教室の中は、久しぶりに会った友達とはしゃいだり、話をしたりと賑やかだ。


   よねもふみもサチも冷たくなった手に息を吹きかけていると、黒板の方から寒さなど吹き飛ぶくらい元気な声が響いてきた。

   声の主はこのクラスのガキ大将こと魚屋の岩田聡そうだ。いつも家の手伝いで、重たい荷物を運んだりしているせいか、体がやけに大きい。


   「まったく、あの男。正月からうるさいわね」サチが横目でチラッと見ながら呟いた。

   「しっ、聞こえるよ」ふみが慌てて人差し指を唇に当てた。

   「聡ちゃんの声が大きいのは、生まれつきだからしょうがないよ」とよねが聡をかばうように言った。


   よねは聡とは幼なじみのいたずら仲間でもあった。聡がよねを見つけて、手を振っている。よねも笑いながら、手を振り返した。


   「おい、聡ちゃん!そっぽ向かないで早く話の続きしてくれよ」

    そう言っているのは、聡よりふた回りも小柄な手塚一二三かずみだ。


   「おっ、わりいわりい。……それでさ、今朝の関東日々にちにち新聞は、流れ星の数が2つって書いてあんだけど、毎朝まいちょう新聞には、3つって書いてあんだよ。おまえら見なかったか?どっちが本当だ?」


   そう言う聡の問いかけにみんなわからないと首を横に振った。

    すると、クラス一の秀才、柿内一(いちが「あの流れ星は見る方向によって見える数が違っていたんだと思うよ」と腕を組みながら話しだした。


   「両方の新聞社とも、流れ星の目撃証言をもとにこの記事を書いているだろう。日々新聞は、勝島かつしまから見た人の証言、いわゆる南からこの流れ星を見た人。一方の毎朝新聞は、五反田方面だから西から見てる人だよね。初日の出が上る角度からも微妙に違ってくると思うよ」


   「ふーん……」聡はちょっと首を捻りながら「とにかくだ!」と大声を出した。

   「とにかく、この流れ星は親父の話だと、あんまり良いもんじゃないらしいぞ。おまえらそんな話、聞かなかったか?」

   聡の問いかけに今度もみんなはわからないと首を横に振った。


    「そうかぁ、わかんねぇかぁ。親父も詳しいことは、教えてくれねぇんだよなぁ」


    よねは聡の話を聞きながら思った。どこの家でも、正月早々縁起の悪い話を子供に聞かせたくなかったのだろうと。

   だから、私のお父さんもイヤなことは教えたくなかったんだ。もちろん、つらいことを思い出したくないこともあったのだろうけど。


   それにしても、3つ見えてたなんて初耳だわ。それがもし本当だとしたら、お婆ちゃんが言ってた「この国は焼き尽くされる」という言い伝えが当たっちゃうのかも……。


    そんなことを考えていると、ふみから袂を引っ張られた。

   「ねぇねぇ、5年生になると何だかまた新しい授業が増えるってホント?」

   「うん、すごい長ったらしいのがあるのよ。ミカクがどうとかっていうやつ」


   「未確認生物発見史!でしょ」

    サチが眼鏡の真ん中を指で押し上げながら言った。

   「えっ、何それ?」ふみが変な顔をしている。


   「未確認生物っていうんだから、きっとまだ見つかっていない生き物。発見史と続けば、それらが発見された経緯みたいなものかしら」

   サチは顔色一つ変えず、感情も入ることなく淡々と話す。いつもそうだった。


    教室に入ってきた時は冷え冷えと寒かったが、みんなの熱気と大きな火鉢が少しづつ室内を暖め始めていた。

    火鉢といっても、家にあるような小さなものではない。一㍍四方の大きなもので、中には炭がゴォゴォと真っ赤に燃えていて、大きなヤカンがのせてある。危なくないように、周りには金網がかぶせてあった。


    みんなのおしゃべりが続いている中を、今日の監護当番(日直のこと)の江直樹と石坂タカが教壇に上がった。

   「あと1分で鐘が鳴ります。先生がお見えになる前に、みんな着席して下さい」

   そう言われるが早いか、みんなガタガタッと椅子や机をかき分けて席についた。






ワカバよもやまコーナー


   今日は3週間ぶりの物置物語で〜すひらめき

前にご紹介した茶箱の中にまたしても布に包まれた物があります滝汗


   なんか嫌だなぁ…怖いなぁ…と思って、お部屋に持って来て恐る恐る布を開くと…


   ジャ〜ン!! なんと羽子板が出てきましたぁ!

おばあちゃんが若い頃、浅草の羽子板市で買って来たものだわひらめき


   綺麗に保存されてます〜"٩(•̤̀ᗨ•̤́)۶"バンザーイ

あら、これは藤娘ねハート


    そして次に出てきたのは…


   んっ? 鼓を持ってる…誰!?


   そして、次に出てきたのは…


   これは分かるわ!

源義経に弁慶ねキラキラキラキラキラキラ



   そういえば、思い出しました。

おばあちゃん おばあちゃん がこんな話をしてくれました。


   「私 お母さん がまだ若かった頃、お正月に弟 お父さん が来て、『姉さん!この羽子板で羽根突きをやろうよ!』って、私がダメ!って言うのも聞かずに羽根突きを兄弟で始めて…」


   「あっという間に躓いて、倒れた弾みで羽子板を放ってしまい、義経の烏帽子が破れたんだよ」



   それを思い出した私。義経の烏帽子は確かに破れています。

   おばあちゃんは怒って、すべての羽子板を茶箱にしまったんだわ悲しい


   何十年かぶりで出てきた羽子板さん飛び出すハート


   義経の烏帽子を綺麗には出来ないけど直しましたよ〜ひらめき


  そして、分かりましたあんぐり

鼓を持っている女性は「静御前」ねキラキラキラキラキラキラ


   わぁ〜 ラブラブ 

久しぶりに義経に会えたじゃない飛び出すハート


   記念写真を撮ってあげるラブラブラブラブラブラブ


   いま、この3枚の羽子板は仏間に飾ってありますチョキ





第5章「予知夢」③ へつづく







「およねさん」


 今回の主な登場人物…


土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。


平山 ふみ …よねの同級生。鼻ぺちゃのお喋りで明るい性格。


山村 サチ …よねの同級生。インテリ眼鏡で冷静沈着。いつも低音で論理的に喋る。


岩田 聡(そう)…よねの同級生。図体がでかく勉強は大の苦手だが、人情に厚い魚屋の息子。




(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)