(つまんないなあ。)

  よねは、心の中で何回も繰り返しつぶやいた。


    辰五郎の訓示も終り(幸司は……というと、きせに抱かれて眠ってしまった)、土志田家の子供達は待ちに待ったお年玉も手に入れた。


   おせち料理を食べて、初詣でにさあ、行くぞ!と思ったら、辰五郎から待った!が掛かってしまったのだ。


  「今日は、初詣ではやめておこう。何事もなければ……明日、よねと麻美まみが学校から帰ってきたらみんなで行こうじゃないか。よね、麻美、幸司は家の周りで遊びなさい、いいね!」


    そう釘を打たれてしまったのだ。しかし、父親である辰五郎の決めたことには逆らえない。おせち料理を食べたあと、よねは仕方なくカーテンの閉まった店のガラス越しから外を眺めていた。


    カーテンの隙間から、正月の明るいオレンジ色の陽射しが店の中に一直線に入ってきている。

  外では、向かいの竹屋の子供が二人で、羽根突きをしている。


   よねの同級生、よしえの弟と妹だ。でも、よしえの姿は見えなかった。

   いつもそうなのだ。よしえは家の中から外に、あまり出てこなかった。学校でも、あまりみんなと遊ばないよしえだった。


 (よしえちゃんを呼んで、遊ぼうかなあ)

    よねがそんなことを考えていると、「よっ!」と言って誰かに背中を叩かれた。

   ボーッ、としてる時だったので、ビクビクっと震えながら振り返ると、健司だった。


   「あーっ、びっくりした!……もう、おどかさないでよね」よねがムッと して言った。


   「正月からそんなにしょげてちゃ、福の神もやってこないぞ」と、健司が笑った。

   「だってさ、麻美も幸司もおせち食べたら、寝ちゃうんだもん。一人じゃ、つまんない」よねはほっぺたを膨らませて訴えた。


  「しょうがないな。それじゃあこのやさしい兄貴が少し遊んでやるか。」

    膝を少し折って、よねの目線と同じくらいに屈みながら、「何するか?双六、福笑い、坊主めくり……何でもいいぞ」と言った。


   「でも、二人じゃつまんないし……。そうだ、あんちゃん呼ぼうか?」

   そうよねが言うと、突然、ほんのりとピンクに頬を染めたあさがやって来た。


   「なあに、何の相談してるの?お二人さん?……ヒック……」

 「あれ、おまえ、未成年のくせして酒飲んだのか!」健司が慌てて聞いた。


   「酒飲んだのかって……?失礼ね。……ヒック……、ちょっとよ、ちょっと!ほんのお猪口ちょこに1杯よ!」千鳥足で、あさが店先へ降りてきた。


   「馬鹿だなあ、おまえ。うちの家系が下戸だっていうのわかってるだろう?お父さんだって、正司兄さんだって、お銚子一本で寝ちゃうんだぜ」

  健司は、フラフラしているあさの両肩をつかみながら、そばにあった肘掛け椅子に座らせた。


    あさは椅子に座ったまま、よねと健司を見ながらニヤニヤ笑っている。

   「何だか姉さん、気持ち悪い~」よねが少し、後退りした。


    すると、あさが急に手を伸ばしてよねの手首を掴み、「なあに?気持ちが悪い?ずいぶんなこと言ってくれるじゃないの!」とすごんで見せた。


   「あれっ、こいつ、酒グセ悪いなあ。ホントにお猪口一杯かよ」

   健司は、ブツブツ言いながら、よねの手首からあさの指を一本一本ひきはがした。


   よねは、「そうだ!」と言いながら健司の手を払いのけて、あさの顔に自分の顔を近づけた。

   「姉さん、さっき言ったわよね。エロ河童のこと、教えてくれるって。ねぇねぇ、今教えてよぉ」


   「あぁ、あれっ?……ええ、いいわよぉ。エロ河童はねぇ、図画の阿部よ!阿部っ!阿部定九郎さだくろう)!」目をトローンとさせながら、あさが言った。

   「えっ?阿部先生?知らない……なあ」よねは小首を傾げた。


   「あぁ、そうか。図画は、五年生からの必修科目だからな。まだよねは習ってないんだよ。」健司が言った。

    健司もあさも朝美台出身なので、先生や授業については詳しかった。


  「そうねぇ、でも見たことはある筈よ。……ヒックッ、朝礼の時にね」

   あさの目がだんだんくっつきそうだ。そこで健司があさの代りに話し始めた。


   「うん、今でもペレー帽をかぶってるんじゃないかな。背が低くて、ずんぐりしてて、おかっぱ頭で……。後ろ姿がちょっと猫背だから、ペレー帽を皿に見立てると、陸に上がった河童そっくり!顔はそうだなあ……」

   そこまで言って、健司はクックックッと笑いながら、「カエルに似てる。」と言った。


   「あぁーっ!わかった、わかった。何だか暗い雰囲気の先生!」

   「そうそう、いっつも人の影に隠れている……」健司は自分が小学生だった頃を思い出したように、懐かしそうに言った。


   よねは、首をひねりながら聞いた。

  「でも、何でエロ河童なの?」

    すると、突然あさが目をパッチリ開いて、叫ぶように話し出した。……でも、つっかえながら。


   「まったく、あったまくるわよう。あのエロ河童!ヒック……。いっつもね、図画の時間、細い棒を持って……私達が描いてる絵を見ながら……ウゥィ……教室の中を歩き回ってるん……だけど、その細い棒でね、『ここは、こう描いた方がいいんじゃないか?』とか……言いながら、……女の子の胸をその細い棒でね……突っつくのよぉ……!」あさはそこまで言うと、目がだんだんくっついてしまった。


    よねは、「そんな先生、お父さんに言えばいいじゃないの!」と言うと、健司が、「エロ河童は凄いヒステリックな先生でさ、何か気に入らないことがあるとすぐに生徒をビンタさ。生徒にだけは強くてさ。だから、みんな恐くて何も言えなかったんだな。だけど、とうとう頭にきた生徒が、『先生、そういうことをするのは、やめて下さい!』って言ったんだよ」


    よねは、それからどうなった?という顔で身を乗り出した。

 「その生徒がさ、何を隠そう、うちのあささ」健司がスヤスヤと寝息をたて始めたあさを指差した。

 「へぇーっ、すごいー!知らなかった!」よねはあさを尊敬の眼差しで見つめた。


 「でも、そのあとが大変さ。エロ河童があさを追いかけ回して、あさの奴、校庭に逃げたんだよ。『助けてー!』なんて大声を出しながら走り回ってさ。あさの甲高い悲鳴にすべての教室の窓が開いたんだ。さすがにエロ河童は我に返ったんだろうなぁ。追いかけるのをやめて、校庭のど真ん中で猫背の棒立ち!その格好がおかしくてさ!陸に上がってカラカラに干上がった河童そっくり!」


   健司がその光景を思い出したのか、ゲラゲラ笑いだした。


   「それって、いつ?」よねはその先が早く聞きたくてしょうがないのをグッと堪えるように聞いた。

 「俺が六年で、あさが五年の時だ」健司もその先を早く話したくてたまらなそうだった。


   「 ……その後が大変でさ。うちの学級の担任の先生やいろんな先生が、校庭や美術室に集まって……。あの日は、全部の授業がつぶれちゃったよ。……嬉しかったなあ」


   「それで、どうなったの?あさ姉さん、怒られた?」心配するよねに向かって健司は大袈裟に右手を振りながら、「怒られるもんか。親たちもこの事態を知って、翌日、職員室になだれ込んできたよ。そうしたら、エロ河童の奴、校長室に逃げちゃって。でもな、エロ河童ももちろん悪いんだけど、それ以前にもエロ河童のことをどうにかして欲しいって訴える親がいたんだ。それをもみ消していたのが、河津教頭だったことがわかってさ。なるべく学校内の不祥事を隠していたいらしかったんだな」ここまで一気に喋って健司は一息ついた。


  「それからさ、お父さんの出番は……」

  「えっ?お父さんもそこに行ってたの?」よねは切れ長の目を大きく見開いた。


  「あぁ、その頃からお父さんは風紀委員だったからな。……みんなに追いつめられても、エロ河童は、絶対に謝らなかったんだって。自分は間違ってなかったとか、棒がちょっと触わっただけだとか、仕舞いには、教室を勝手に抜け出した土志田くんを連れ戻そうとしただけだったとか、そんな言い訳を並べ始めたんだって。うちのお父さんは、曲がったことが嫌いだろう?もう我慢できん!って言って、エロ河童の胸ぐら掴んで、思い切りぶん殴ったんだよ」


   健司の言葉は、咄嗟に手の平で口を覆うほど、よねをびっくりさせた。






       

ワカバよもやまコーナー


   本日の物置物語は……

なんと、荷物を入れている大きな木箱と木箱に挟まれるように見つかったものです!


   それがこれです 下矢印下矢印下矢印


   新聞1面よりやや小さいサイズ……とはいえ、大きいですぅ。


   何でこんなに綺麗に保存されていたかというと、この袋 はてなマーク バッグに入っていました

下矢印下矢印下矢印


   上矢印上矢印上矢印 これどデカいです あんぐり


    「MAISON  COLLECTION  高橋留美子  書きおろしポスター集と書いてあります。


   中には、大きなポスターが8枚も入っていました。ポスターといっても厚紙でしっかりと印刷されています。


   ワカバはこのポスター知らないわ(´^`。)シラナイ

となると、犯人は……お父様 !!

   早速、LINEで画像を送ると……電話が掛かってきて……


   「おぉ、なつかしい びっくり あの時は、まさかこんなに大きなものが送られてくるとは思わず、仕舞う場所に困って確か物置の何処かに隠したな てへぺろ またこんなもの買ってムカムカ っておばあちゃんが怒るだろう 笑 」


   「もう〜、呑気なこと言って〜ビックリマークどうするのよ、これ はてなマーク


   「あることを全然忘れてたなぁ 笑。ワカバにあげるから好きな場所に置いておきなさい…」


    というわけで、今はワカバのクローゼットに保管しました。


    でも、とっても可愛い絵なんですよラブラブラブラブラブラブ

それぞれまとめてみました音譜音譜音譜

   絵はがきみたいに見えますが、すべて新聞1面サイズです 笑 下矢印下矢印下矢印











    高橋留美子さんのサインもありましたキラキラキラキラキラキラ





   第4章「おキク婆さんのつらい記憶」②           

   へつづく



※ 画像はスマホで撮影したものです。





「およねさん」


 今回の主な登場人物…


土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。


土志田 辰五郎 (たつごろう)… よねの父親。下駄屋を営む。よねの小学校に風紀委員。


土志田 健司(けんじ) …土志田家三男。17歳。お喋りでオッチョコチョイだが憎めない存在。


土志田 あさ …土志田家長女。16歳。美人な所を鼻にかけないお姉さん。


阿部 定九郎(さだくろう)… 問題を起こしたことがある図画の先生。通称・エロ河童。



(ブログは毎週火曜日0時2分に更新予定です)