健司は白々と明るくなってきた外へと飛び出して行った。
と、まもなく、健司の素っ頓狂な声が家の中まで、響いた。
「みんな来てみろ!空に綺麗なもんが飛んでるぞー!」
「また、健司のオッチョコチョイが始まったぞ」祐司がやれやれといった顔で店先の方を振り返った。
「おいっ!みんな、何やってるんだ!早く来ないと消えちゃうよ!」
健司の大袈裟な声が聞こえる。
よねは、健司の真剣な声に外へ飛び出した。そして、健司の指差す方角を見上げた。
南の空に赤よりもやや薄く、オレンジ色よりも少し濃い丸い点が二つ、まるで追いかけっこをしているように、西の空から東の空へ向かってものすごい勢いで細長い尾をひきながら飛んでいた。
大きさは米粒ほどだったが、もうすぐ初日の出が拝めるという元旦の空に、それは異常なほど映えていた。
「わーっ、きれい!飛行船かしら?」よねがつぶやくと「いや、違うな」といつの間に来たのか、後ろで辰五郎が顔を曇らせている。
健司の声に何事かと他の家からも何人か外に出て空を見上げている。
空を見るなり突然、手を合わせて「ナンマイダー、ナンマイダー……」と唱えている漬物屋のお婆さんもいた。
ドカドカッと、母のきせ以外の土志田家全員が家から飛び出してきたが、すでに二つの光は消えていた。
「あーん、見えなかったぁ。悔しい!」麻美が地団太を踏んでいる。
すると辰五郎が、「まったく、正月から縁起でもない!」と吐き捨てるように言いながら、残念がっている麻美に「麻美や、見なかった方がいい。あんな不吉なものはな」と今度は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「えっ?あれって見てはまずいものだったの?」
健司は、正月からみんなに変なものを見せてしまったのかと、戸惑った様子で辰五郎に尋ねた。
しばらくの沈黙が流れたあと、辰五郎はさっきまでの重苦しい気持ちを振り払うように口を開いた。
「……うむ、健司は知らないか?毎年6月、河童祭りの時に品川神社の神主さんが話してくれる流れ星の言い伝えを」
辰五郎にそう聞かれて、健司は首を横に振った。
「まあ、神主さんの話しは年寄りしか聞く耳を持っていなかったからなあ。……おまえが知らないというのは当然かもしれないな。今年の河童祭りの時に、じかに神主さんから聞くのもいいだろう」そう言いながら、家の中に入って行った。
「なあ、兄さん、一体何をお父さんは気にしていたんだろう?俺は、横に飛んでる流れ星なんて見たことないし、綺麗だったからみんなにも見せたいと思って知らせたんだけど……」健司がちょっと不安そうに言った。
「いや、実は俺もわからないんだ。ただ言えることは、どうやらお父さんは前にもこれと同じ体験をしていたんじゃないかなぁ。だから、その時に何か不吉なことが起こったのかもしれない」
そう正司が言うと、あとを続けるように祐司が言葉を継いだ。
「それが何かは俺たちにはわからない。お父さんもどうやらそれについては、話したくないみたいだし……。お父さんの様子を見る限りでは、今すぐどうなるってことでもなさそうだから、真相は六月の河童祭りまで待ってもいいだろう」
「それに今日は元旦。これから、土志田家恒例のお父さんの訓示が始まるぞ!」と諭した。
「あっ、そうだ!いけねえ、忘れてた」
健司の一言で、三人の兄は急いで部屋へ上がった。よねも兄達の話を聞きながら、後に続いた。あさ、麻美、幸司はもうとっくに部屋の中に戻っているようだ。
よねは、居間に上がりながら、何かの理由で登校日が遅れたこと、そして今見た二つの流れ星のことを考えていた。
何かはわからないが、何となく今までにない胸騒ぎが脳裏をよぎった。
人には「虫の知らせ」という第六感があるという。霊感的なものなのかどうかはわからないが、よねにこの能力が開花するのはまだまだ先のことだ。しかし、本人はそんな能力が自分にあることなど気づいてもいない。そして大変な試練がやってくることも……。この時点では、どこにでもいる10歳の普通の女の子だった。
そんなよねの昭和11年が今まさに幕を開けた。
ワカバのよもやま話コーナー ④
ワカバのお家の物置きお片付けの続きですぅ。
壁掛け時計が入っていた木箱の隣りに少し平べったい木箱がありましたぁ。
何だろう?と思って開けてみると、薄茶色に変色した布が…
開いてみると、何と金縁の立派な額が
あらまこ、これは…、ヒィおじい様の遺影に違いないわ
ヒィおじい様はこんな所で眠ってらしたのねショック
立派な額はもうボロボロです〜
ヒィおじい様…申し訳ありません〜
急いで、写真にカビなど生えていないかチェックしようとして額の裏を取り外したら…
見たこともない古い新聞が出てきましたぁ
東京日日新聞…
聞いたことないわ、と思って調べたら、毎日新聞の前身の新聞みたい!
残念ながら、一番上にある筈の発行日がカットされてます。
いったいいつ頃の新聞かしら?
ヒィおじい様がなくなったのは昭和6年。まだ50歳前でした。
その頃の新聞かしら?
この1面、真ん中にいる写真の方はガンジーさん 東京日日新聞の文字の下には「三省堂・常用漢字新辞典二十銭」と書いてあるわ
何か時代背景が書いてある記事はないかなぁそこで、次の新聞を見てみると…
この紙面の真ん中左に
「江木氏の盛葬 けふ靑山齊塲にて」
を発見。「……故江木翼氏の告別式は廿一日午前十時から……」って書いてあるねぇ
早速、調べると「江木翼(たすく)、官僚、政治家…1932年9月18日(58歳没)」ってわかりました。
ということは…「けふ廿一日に告別式」だから、この新聞は昭和7年9月21日(水曜日)発行ってわかったわぁ
そんな古い新聞を広げて読んだことなんてないワカバっていうか、ほとんどのみなさんがそうだと思うので、ここに新聞の画像を貼り付けますね
「日活でまた七名突如退社……」の記事よりも、真ん中あたりの「油醤サマヤ」が気になります 笑
左下の「性典」ってナニ
紙面、真ん中あたりのこの記事、ナニ
「ふしあわせな奥様方へ」…❓❓
そんなこと言われる筋合いはないわ… って何でこんなに噛みつくワカバ…笑
横文字を左から読んだり、右から読んだり自由だったのね
左側上段の「生か死か、世界は喘ぐ…」の中に(軍拡競争をしなければ平和を保てないのはおかしい)みたいなことが書いてあります。
「現代の如き人類は、一旦滅亡して、アダム、イヴから、再び出直す方が善いかもしれない」
もう90年も前からこうやって警告してるのに…。
進歩ないよ…
上段は吉川英治さんの「檜山兄弟」という小説が載ってます〜 私、吉川英治さんの本は何冊か読んだから好き〜
「檜山兄弟」の3年後に「宮本武蔵」の執筆を開始するのね〜
なんか当時の株式市場みたいなのが載ってるわ… あんまり興味ないから、分からない〜
この
マーク下の文字〜
保健衛生をちょっぴりかじったことのあるワカバは真っ先に目が止まりましたよ〜
現在の新聞で「淋病専門」なんていう広告、見たことないでしょう
こんな広告が掲載されること事態、いかに当時は不衛生であったかということがよ〜くわかりますぅ
だって淋病って性感染症でしょ
ちょっぴり調べたら、関東大震災直後は、被害者の惨状を顧みて、品川遊郭も営業を自粛していたそうです。でも吉原などの花街が焼けてしまい、性犯罪が増えることが予想されたため、警察は品川遊郭に一刻も早く営業の再開を求めたって…
えぇ❗️当時は警察もグルなの〜
保健所は何しとんねん
だから淋病なんかが流行るんでしょう
このあと、品川遊郭は年間53万人のお客様があったそうです〜…
神経質なワカバはちょっとこの時代、無理かも〜
第3章「新しい授業科目」① へつづく
※ 画像は物置から見つかった新聞を貼り付けました。
「およねさん」
今回の主な登場人物…
土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。
土志田 辰五郎(たつごろう)…よねの父親。下駄屋を営む。よねの小学校の風紀委員。
土志田 正司(まさし) …土志田家長男。22歳。下駄作りに専念する真面目な兄。
土志田 祐司(ゆうじ)…土志田家次男。19歳。春から警察官となる剣道の有段者。
土志田 健司(けんじ) …土志田家三男。17歳。お喋りでオッチョコチョイだが憎めない存在。