もしかすると……、とよねは思った。今年に入って子供が神隠しにあう事件が五件ほど、世田谷で起きている。

 (それかもしれない!)




    そんなことを考えていると、辰五郎が校長先生と何やら小声で話をしながら、玄関へ出てきた。


   「それでは、そういうことで・・・万事宜しくお願い致します」と辰五郎が校長の耳元で囁いている。


  「ご安心ください。土志田さんのご意見がすべての親御さんの気持ちを集約しているものと思っておりますから……」

     校長も辰五郎に負けないくらい、小さな声で返事をした。


   校長は、子供のよねにもわかるくらい疲れた顔をしていた。いつも立派に見える口髭が他の無精髭と一緒に交じり合っていたし、銀色の薄いメガネの縁がなぜかくすんで見えた。短く刈った髪も白い物がいつもより多く混じっているように感じた。


  「大晦日のお忙しい所、大変お邪魔を致しました」

   校長は、店先で中へ向かってお辞儀をした。母のきせも、長男の正司(まさし)、次男の祐司ゆうじ)、三男の健司けんじ、長女のあさも、そしてよねが、みんなそれぞれの仕事を一旦止めて校長に一礼した。

    校長は、不安の隠せない顔の辰五郎にもう一度一礼をして、真っ赤な夕日に向かって学校へと戻って行った。


    辰五郎はそのあとも口をつぐんだままだったので、校長とどんな話があったのかよねにも誰にもわからない。しかし、今はそんなことを考えている余裕などあるわけがない。


   午後六時を過ぎ、客足は遠のいたが、忙しさが去ってはいなかった。今度は商店街の人たちが、新調した下駄や草履で新年を迎えるために暇な時間を見つけては買いに来る。


    食料品屋さんは夜の十時頃。髪結いさん、お風呂屋さん、そば屋さんは除夜の鐘が鳴ってからだ。結局、下駄屋は正月を迎える朝まで開けどうしなのだ。というより、商店街のどの店もみんな開いていた。

  

   よねの下駄屋の左隣の洋服屋も、右隣の玩具屋も(ここは、駄菓子も売っていた)やっていた。商人の大晦日は夜明かしだ。


   しかし、さすがに開いてない店も何件かはある。下駄屋の斜め前にある判子屋や、よねと同級生のよしえの家の竹屋は店を閉めていた。


   どの店も大小の門松を飾り、日の丸の旗が軒下に翻(ひるがえ)っている。ほんの三間ほどの幅しかない商店街だが、まるで昼間のように明るく、すべてが活気に溢れていた。


    三人いる兄さん達はずっと起きて店の手伝いをしていた。長女のあさ姉さんと妹の麻美まみ、弟の幸司こうじそしてよねの四人は、この頃から一般家庭にも浸透してきた年越しそばを食べた。


    麻美と幸司はすぐ寝てしまったが、よねは下駄屋の手伝いを。姉のあさは、母・きせの正月料理の手伝いをすぐにはじめた。


    第一京浜国道)を挟んだ寺町の方から、「ゴーン……、ゴーン……」と幽かではあるが、除夜の鐘が響いてくる。

    商店街の人々の大晦日はあっという間に過ぎていく。慌ただしさの中から迎える正月だからこそ、元旦から三日までの三が日はみんなゆっくりと休むのだった。


    とうとう翌朝、というより新年を迎えてしまった。今は午前四時!まだ外は真っ暗で、シンシンと冷え込んでいる。


    よねは手の平に、ハーハーッと息を吹きかけながら玄関前の掃除をしていた。

   遠くから「ピーピーヒャララ、ピーヒャララ……♪」という笛の音と共に「テケテンツク、テンツクツ、テケテンツク、ステツクテンツクツ……♪」とお囃子はやしの音が響いてくる。


  「あっ、獅子舞いが来たよ!」と嬉しそうによねは家の中に向かって叫んだ。

  「おっ、もうそんな時間か」辰五郎が禿げ上がった頭を撫でながら言った。


   こんなに暗いのに……、まだ寝てもいないのに……、下町の正月は人に休息する間も与えず、繰り広げられていく。

    麻美も幸司も目をこすりながら、寝間着に綿入れを羽織って飛び出してきた。


  「あらまあ、あなたたち、ちゃんと着替えて来なさい。風邪をひくわよ」割烹姿のきせがお重にお煮しめを盛り付けながら笑っている。

   よねは、慌てて二人を居間に連れて行き、着替えを手伝い始めた。


    当時は、テレビもゲームもない時代なので子供たちの正月の楽しみといったら、やはり凧上げに羽根つき、駒回しに双六、カルタ取りといったものだ。


   そして、獅子舞いのように家々を廻って歩く正月ならではの縁起ものも子供たちの胸をワクワクさせるのに十分だった。

    獅子舞いのお獅子に頭をかじってもらうとその一年は無病息災と言われ、みんなこぞって頭を差し出す姿はどこか滑稽だ。




  「あっ、ずるい、お姉ちゃんの割り込み!」と五歳の幸司がふくれっ面をしている。

  「違うわ、敷居につまずいたのよ!」と麻美の声。


  「ほらほら、そんなこと言ってると私が先に噛んでもらっちゃおうかな」とよねが笑う。本当に朝から賑やかだった。


   そして、獅子舞いが来れば、猿回しもやって来る。猿は赤い半纏を着て、すごく可愛かった。店の中に入ってきて、猿回しのおじさんの太鼓に合わせ、何回も宙返りをしたり、手を振ってお辞儀をしたりしておどけて見せる。


    たまに猿が首に繋がれている紐をいっぱいに伸ばして歯をむき出し、子供たちに飛び掛かる仕草をすると「ヒーッ!」と言って麻美と幸司が怖がって互いにかじりついた。


    猿回しが帰ると賑やかだっただけに、一瞬、静まりかえった家の中がシンシンと寒く感じられた。

    しかし大家族の土志田家では、すぐに家族の賑やかな話し声が響き渡る。居間に入ろうとしているよね達に、三人の兄さんの元気な声が聞こえてきた。


   長男の正司は、真面目で実直な人柄。


   次男の祐司は、誠実で鼻筋の通ったイイ男。


   三男の健司は、おしゃべりでおっちょこちょい。昨年、渋谷のハチ公の葬儀を見に行って、あまりの人の多さにビックリした話をいまだにしている。


   兄たちがあまり興味を示さないので、健司はフラっと明け方の外に出た。

   その途端、大声を張り上げた!

   健司の素っ頓狂な声は家の中まで響き渡った。一体健司は何を見たのだろう?






    ワカバよもやまコーナー 


   先日、横浜高島屋ギャラリー8階で開催されているMOZUさんのミニチュアアートの展覧会に行って来ましたぁ。


   まるで小人が住んでいるような「小さなひみつのせかい」





「こびとの秘密基地」シリーズです。




   小さな部屋の中は、ノートや鉛筆、時間割やフィギュアなど、これでもかという位のミニチュア作品が並べられていてとっても可愛いラブラブ




   一筆書きで描いたキリンなど5種類の絵が展示されてました。絵も書くのねドキドキ





1枚の絵に描いた虹がまるで浮き上がっているみたい…びっくり





   どれがMOZUさんの描いた絵かわかりますか?

三角定規が絵なんですよ〜びっくり





1枚の紙に落とし穴があるみたい!





これも1枚の紙に描かれた階段です。

降りて行けそうひらめき






わぁ…トンネルから電車が本当に出てきたみたい




   えっ!? 1枚の紙の上に置いたコインが浮かんで見える〜ガーン




   MOZUさんの作品が見たくて、野生のキジがいるような山奥から都会へと出て来たワカバ…

   迷子になりながらも、何とか到着音譜 見に行った甲斐がありましたぁ〜泣き笑い


   展覧会は8月29日(月)までです。

午前10時〜午後6時30分まで。

最終日は午後4時30分までです。

写真撮影は前半は許可されていますよチョキ

   24歳のMOZUさんが今後どのような活躍をされるのか楽しみですねぇ音譜音譜音譜





第2章「土志田家の人々と不吉な流星」③ 

へつづく


※ 画像はネットからお借りしたものと、展覧会会場で許可をいただき撮影したものがあります。





「およねさん」


 今回の主な登場人物…


土志田(どしだ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(あさみだい)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。


土志田 辰五郎(たつごろう)…よねの父親。下駄屋を営む。よねの小学校の風紀委員。


玉秀(たまひで)校長先生…よねの通う朝美台尋常小学校の校長先生。


土志田きせ…よねの母親。土志田家を陰になり日向になり支え続ける。


土志田 麻美(まみ)…土志田家三女。よねより1歳年下の小学校3年生。土志田家ではただ一人目がパッチリの可愛い妹。


土志田 幸司(こうじ)…土志田家四男。5歳。土志田家のアイドル的存在。