「心拍数減少!」


 「心肺機能低下!」


 「脈拍が微弱です!」


 「大丈夫です!瞳孔はまだ開いていません!」


 狭く汚く薄暗い手術室の中で何人かの医師と看護婦と思われる声が飛び交っている。


 「しかし、両足がこんなに焼けただれて……。一体どうやってここまで来たんだ?」


 「このような大火傷を負って、一人で歩けるとは思えません。……まさか昨夜、芝浦埠頭で倉庫が全焼した事件と関係があるのでは……?」


 「何を馬鹿なことを……。あそこからここまで一体どれほど離れていると思うんだ。30km以上はあるぞ!」


 彼らの前にある古ぼけた手術台の上には20歳前後の女性が横たわっていた。


 「身内の方に知らせたくても、この女性は何も持っていませんでした。というより身に纏(まと)っている物が何もなかったので……


 「何とか蘇生措置をとりたいのですが、今の私達にはこの女性を助ける医療器具が何もありません。せめて進駐軍に併設されている病院に連れて行ければ……


 「そんな時間はない!……あきらめるのはまだ早いじゃないか!何とか私達にできる最大限の努力をしよう!」




 まさに今にも息を引き取ろうとしているこの横たわっている女性

 手足を動かすことが出来ず、目も口も開くことが出来ない瀕死の状態


 でも微かに周りの音だけは聞き取ることが出来ていた。

 人は死ぬ直前まで聴覚は働いているといいます。


 女性の名前は「土志田(ドシダ)よね」……聴覚だけではなく、あと僅かな命かもしれなかったけれど心も作動していた。


 (ここが何処だかわからないけど、もう何もしないでこのまま逝かせて。大好きな人も失いもう疲れた


 そんなよねの気持ちとは関係なく、医師と看護婦の蘇生措置が始まろうとしている。


 (何でこんな人生を送ることになったの?)

 よねの脳裏に様々な事件が甦ってくる。


 (コウモリ人間との戦い……仲の良かった友達との死闘……私のせいで野獣になってしまった男の人


 (そして最愛の人の死


 よねの消えかかる意識の中に10歳の自分が突然現れた。

 大きな欠伸をして、青空を見上げている自分の姿

 何を見てるの

 もういいんだよ、何も思い出さなくても


 どうせ死んでいくんだから……



第1章「髭が生えてる女の子」① へつづく





「およねさん」


 今回の主な登場人物…


土志田(ドシダ)よね…この物語の主人公。土志田家次女。朝美台(アサミダイ)尋常小学校4年生。まだ自分にもわからない未知の能力を秘めている切れ長の目を持つ10歳の女の子。

(いま、手術台に横たわっているのは、19歳のよねです)




(毎週火曜日0時2分に更新予定です)