八王子の繁華街のハズレ

 「ヒー…!」
 さっきまで気持ち良く酒を煽ってグデングデンに酔っ払った筈の男が真っ暗な夜道を必死に何かから逃げている。

 それも肘から切断された左腕を右手で押さえながら転がるように…。
 繁華街をハズレて、もう路地は行き止まりだ。街頭も何故か一つを残して全て消えている。

 「イ、イテェよ〜…、ナ、ナンデこんなことするんだよ〜…」
 男は行き止まりになってしまった壁に寄り掛かった。恐怖に引き攣った顔で涙を流し震えている。

 ゆっくり近づいて来た3人の中の大柄の男が隣りのちょっとずんぐりとした男に低い声で囁いた。

 「疾風〈ハヤテ〉! 俺の獲物に余計なことすんじゃねぇよ!」
   真っ黒なパーカーを着た大男は鋭い眼光で疾風と呼んだ男を睨みつけた。

 「ご、ごめんよ。ちょ、ちょっと自分の力を試してみたくなっちゃったんだよ」
 ずんぐりした男は頭デッカチのため全然似合わないヤンキースの野球帽をギュッと被り直して目を伏せた。

 「別にいいじゃん!」
 真っ赤な蘭の花の刺繍がしてあるスカジャンを着た女がガムをクチャクチャ噛みながら笑っている。

 「こいつは俺の獲物だ!手出しは許さない!」
 黒いパーカーの大男がぶっきらぼうに言いながら、腕組みをしたまま追い詰めた男に近づいた。

 「お願いだ!助けてくれよ〜!金が欲しいなら、何とかするからよぉ…」
 男は壁に寄り掛かったままヒーヒー泣きながら…左腕からボタボタ流れる血をどうすることも出来ずにずっと右手で押さえている。

 見るからに汚い男だ。白いTシャツは泥で薄汚れ、短パンから出た痩せ細った足がガクガクと震えていた。

 「余計なことは喋るな!俺の質問だけに答えろ!」大男の低い声に汚い男は震えながら頷いた。

 「お前は山科莉子〈やましな りこ〉を知ってるな!」

 「お、おれが以前付き合ってた女だ…」
   出血が酷いせいか汚い男の声がだんだんと小さくなってきた。

 「山科莉子は妊娠したが、すぐ流産したな。何故だ?」
 「そ、それは…」汚い男が口籠る。

 「何故だと聞いている!さっさと答えろ!」
 ヒ〜ッ!と震えながら汚い男が囁くように呟いた。
 「莉子が…階段から足を踏み外してよ〜…そ、それで…」

 「嘘をつくなぁー!お前が突き落としたんだろうがぁ!」
 汚い男は震えながら頷いた。そして呟いた。

 「あ、あんたは莉子の…何なんだよ?まさかアニキか?」

 大男はイライラした顔で怒鳴った。
 「俺は息子だぁ!山科莉子は俺のかあさんだ!」
 その一言に汚い男が震えながら、聞き返した。

 「そ、そんな…年齢が合わないだろ?莉子にこんな大きな子供がいるわけないだろ…?莉子はまだ23…」

 大男が一言呟いた。
 「もう、いいわ。…死ねよ!」

 そう言った途端に、汚い男の顔面が腫れ上がり眼球が飛び出した。
 男の「グォーッ!」という苦しみに満ちた声が一瞬夜空に響いた瞬間、顔と頭が風船のように膨れ上がり「パァーン」と破裂した。

 天空に血飛沫が舞った…。

 頭の無くなった胴体だけがドサリと倒れる。

 「キャッ!汚い〜!」
 スカジャンの女が叫んだ。
 「ちょっと、呑吾〈ドンゴ〉!もっと芸術的に殺〈ヤ〉りなさいよ!あいつの汚い脳みそとかジャンパーに飛んできたぁ〜!」

 「そ、そう言うなよ、美蘭〈ヴィラン〉!初めて闇パワー使ったんだからよ〜」
   疾風が呑吾を庇うようにモジモジと言った。

 「だったら、ワタシが芸術的な殺〈ヤ〉り方を教えてあげる!」
 美蘭はついて来な、というように人差し指をクイッと曲げた。




 北八王子警察署内のある一室

 (参った!…ホントに参った!)
 そこには頭を抱えて机に肘を突いている沢村がいた。

 「連続不審死特別捜査本部」という貼り紙が先程まで掲げてあった20畳ほどの一室にいるのは沢村1人だった。

 (八王子で2人、相模原、町田、池袋でそれぞれ1人ずつの女性の変死体に続き…今度は頭に爆弾でも仕掛けられていたのか、首から上が吹っ飛んだ男の死体が発見されたのが4日前だ…)

 沢村は無精髭を撫でながら、殺された被害者の写真をもう一度眺めた。
(男の左腕は肘からスッパリと切断されている。人間の腕を…それも肉も骨も一瞬にして切断している)

 沢村は切断された左腕の拡大写真を凝視した。
(まるでソーセージでも切ったような切り口…よほど切れ味の良い刀でなければこんなに見事に切れない!…いや、腕前も大したものだ)

 そこへ熊沢警部補が入って来た。
 「おっ!沢村!お前がこんなに早く来ているなんて珍しいな」
 「あっ、熊沢さん…おはようございます」

 沢村はそう言いながら、熊沢の後ろからついてきて大きなホワイトボードに不審死とされた5人の女性の写真を手際よくマグネットで止めていく女性刑事をチラッと見た。

 宮脇の代わりに来た沢村の新しい相棒、七五三掛 三月樹〈しめかけ みづき〉だ。女性ながら、剣道5段、得意の合気道では何人もの大男を失神するまで締め上げて逮捕するという経歴を持っている。

 以前配属されていた歌舞伎町西交番管内では「七五三掛に絞められたい…」というワルが大勢いたとか…。

 「沢村、突然だがこの本部を解散することになった」そう言う熊沢を(えぇっ!)という顔で見上げる沢村。

 「いやいや、と言っても解体するということではない。今日から『連続不審死及び連続殺人事件合同捜査本部」と名称が変わるだけだ。

 「えっ!ちょ、ちょっと待ってくださいよ。連続…殺人…?また誰か殺〈や〉られたんですか?」
 熊沢はホワイトボードに顔を向けてあれを見ろ!と顎でしゃくった。

 七五三掛がちょうどマグネットで止めた無残な写真が沢村の目に飛び込んできた。
 そこには、両腕両脚そして首を切断された見るも無惨なバラバラの死体が写っていた。

 「今朝、一番で熊本県警から送られてきた写真だ。八王子で殺害された左腕の肘の切断面とまったく同じだ」熊沢が険しい顔になった。

 「八王子の殺人が行われた当日、それも3時間後にこの殺人がおきている…」
 熊沢の言葉が終わるか終わらないかのうちに沢村が呟いた。

 「まさか、同一犯だとしたら、たった3時間で八王子から熊本へ移動したことになる。ありえん!」

 「驚くのはまだ早い。先日、八王子で殺された安部光洋〈あべ みつひろ〉は不審死だった山科莉子の元カレだったが…今回、熊本で殺された被害者はやはり不審死した斉藤陽葵〈さいとう ひまり〉の元カレだ」
 近くにいた七五三掛が熊沢の言葉に反応するかのようにマグネットを握りしめた。

 沢村は…というと無精髭をゆっくり撫でながら(変死体として発見されたこの5人の女性にはすべて共通点がある…。彼女が言ったことがすべて繋がってくるのか…!?)と顔が険しさを増していった。




     彼女の家の目の前

 「美香!ごめんごめん、待たせちゃっ…」
 そこまで言って彼女は口ごもった。

 「あっ、遅い〜!」
 美香が泣きべそを掻きながら彼女の左腕にしがみついた。

 「どうしたの?一体…?この人たちは誰…?」
 そうなのだ。美香の前に見知らぬ男と女が立っている。

 男は大柄で毛皮モフモフの防寒服を着ている。頭にはエスキモーが被るようなこれまたフカフカのフライトキャップで頭をスッポリと覆っている。
 これでライフルを持たせたら、熊狩りの猟師みたいないでたちだ。

 女は小柄でもの凄く色白だ。髪は銀髪。トップが薄い藤色のショートカット。目はつぶらで瞳が水色掛かっている。
 服は白のブラウスに、少し薄い水色のミニスカート。足がスラッと美しい。

 東欧系の子かな…?私たちと同い年かも…と思った。

 いやいや、そんな悠長に観察している場合ではない。美香は何をこんなに怯えているの?

 「この女がね、私のお腹を見て『赤ちゃんが入っているのね。だったら早く殺した方がいいよ…』って言うのよ!」

 えっ!それは聞きづてならない!
 「ねぇ、あなた!どこの誰だか知らないけど、何でそんな酷いことを美香に言ったの?」
 美香の前に立ちはだかって聞いた。

 「アラ、シラナイノ? アカチャンハネ、オナカヲヤブッテデテクルンダヨ。ソウシタラ、オマエ、シヌヨ!」

 女はニコリともせずにカタコトの日本語で話し出した。
 「ね、ね!さっきからずっとこんなこと私に言うのよ…」
 美香は半べそ状態だ。

 そこへ大男が口を挟んできた。
 「ミンク!そのお腹の大きな女性に関わるのはもうやめろ!」大男は彼女を見つめて吐き捨てるように言った。

 「まさか、こんなに早く仇に会えるとは…。俺たちはなんて運がいいんだ!」
 そう言った途端、大男の体にバチバチッと一瞬火花が散ったかと思ったら、あんなに晴れていた空にあっという間に黒雲が広がってきた。

 彼女は空を見上げて、遠くに光る小さな稲妻を眺めた。
 (まさか…こんなに早く来るなんて…。こいつらが闇鬼 Jr.…?  でも…子供じゃない…)

 「ライマ〈雷魔〉、モウココデヤ〈殺〉ルノ? ワタシ、ジュンビデキテナイ…」
 「ミンク、安心しろ。1秒も掛からない」
 そう言ってる間にも稲光りの閃光が真上に近づいてきた。

 この状況に彼女は焦った。
 (え?何?何?あなたたち、私と戦いに来たの?ちょ、ちょっと待ってよ!私たち、これからベビー用品買いに行くんだけど…)

 「ねぇねぇ、…何だか変な雰囲気になってない?まさかこんな場所で剣道の試合するんじゃないわよね、この人たち…?」
 美香は大きなお腹を押さえながら彼女の背中にかじりついている。

 (まずい!こいつらが闇鬼 Jr. だったら、早く美香を避難させなくちゃ。それにこんな場所でこのライマとかいう奴のエネルギーが解放されたら、この街が吹っ飛ぶかもしれない。そんなパワーを感じる…)

 彼女はいつかこの日が来ることは覚悟していた。しかし、こんなに早いとは思ってもいなかったのだ。
 (よし!一か八か…ライマに掛け合うしかないわ。異空間領域での戦いを…)




 『闇鬼2』は以上のような感じで、まだ断片的にしか私の頭の中に描かれていません。
 これがすべて繋がった時に一気に書こうと思っています。
 どうかその時まで『闇鬼』を覚えていただけたら嬉しいです。

 翌々週からは、装いも新たに…なんていうのは大袈裟ですが、小学校4年生の少女を主人公に新たな物語を掲載していきますね。
 タイトルは来週、発表しますね飛び出すハート
 そして次週は『闇鬼』や次の物語を書く時に参考にした本…そして、私が行き詰まった時に癒やしてくれるものを紹介したく思います ラブ

 へばまんず… バイバイ


(次週もブログの更新は0時2分です)