「これでよし。真琴のキズは塞いだ。真弓も鬼丸をしっかり握ることが出来るだろう」

 そう言いながら、ラウラはもたれるように片膝をついている宮脇に自分の体をあずけた。

 『お兄ちゃん、ありがとう

 真弓はスックと立ち上がった。





 真弓は、何かを念じるように『鬼丸』を見つめ、包装紙に包んである本体を取り出した。そして左手に真っ黒な鞘を握り、今にも抜き放とうと身構えた。


 (お父さんが『鬼丸』を買ってきた日。刀を抜こうといくら引っ張っても、刀は鞘から抜けなかったわ。でも、お願いします。どうか私にあなたの力を授けて下さい。わたしに家族の仇を取らせて下さい)


 真弓は目を瞑って再び念じながら、右手に柄を持ち、サッと抜き放った。

 すると、まるで鞘の中に水が溜まっていたのではないかと見紛うくらい、刀の切っ先から玉のような雫が床に滴り落ち、光り輝く美しい刀身が現れた。


 昼だというのに薄暗く射し込む外の光にも『鬼丸』は見事に反射して、ダイヤモンドのようにキラキラキラキラキラキラキラキラと煌めいている。

 真弓もラウラも宮脇も、その美しさに一瞬、目を奪われた。

 真弓は右手に持った『鬼丸』を静かに高く翳してみた。


 (不思議だわ。さっきは重かったのに、まるで何も持ってないくらいに軽く感じる)


 真弓はこれから為すべき事も忘れるくらい『鬼丸』の輝きに、暫し見とれてしまった。  

 真っ直ぐな薄い刃が、まるで何かを語りかけてくるようだ。

 いつしか真弓の心は『鬼丸』と一つになっていた。


 と、次の瞬間、世界中が停電したかと思うくらい、真弓の目の前が真っ暗になり、あっという間に違う世界が眼前に広がった。

 ついさっき見たばかりの景色。いや、ついさっきまでいた世界。

 『賽の河原』だ。


 その『賽の河原』に、突然として白装束を纏った一人の武士が現れた。

 髷を下ろし、ざんばら髪を振り乱し、長く伸びた真っ赤な鉄の塊を大きなトンカチで、一心不乱に打ち続けている。


 そばには介添えのようなガリガリに痩せた武士が二人、大きなトンカチを振りかざし、やはり交互に鉄を打ち続けている。三人の呼吸は見事に合っていた。


 「トンテンカン、トンテンカン……」と鉄を叩く音に合わせるように、武士が口ずさむ唄が聞こえてきた。




 「二つや三つや四つ五つ 十にも足らぬ幼児(おさなご)が 西院(さい)の河原に集りて


 親を尋ねてたち巡り 父上こいし母こいし 恋し恋しと叫べども


 影も形も見えざれば 泣く泣く其場(そのば)に打倒れ 慕い焦(こが)るるふびんさよ


 げにも哀れな幼児(おさなご)が 河原の石を取り集め これにて回向(えこう)の塔を積(つむ)~」



 三人の近くには、いつの間にかボロボロの着物を着た童(わらべ)たちが集り、河原の石を積みながら、次のような唄を唄っていた。



 「一重(いちじゅう)つんでは父のため 二重(にじゅう)つんでは母のため 三重(さんじゅう)つんでは故郷(ふるさと)


 兄弟縁者のためなりと どうか我身(わがみ)の分までも 安寧(あんねい)長寿でいて下さい」



 童たちが『三途の川』より汲んできた水を口に含んだ武士が、真っ赤に燃えている鉄の塊に「ブッ!」と吹き掛けた。

 すると、その鉄の塊は、一瞬にして美しい刀に変化してしまった。

 武士は、その刀を頭上高く頂きながら、誰とはなしに大声で叫び始めた。




 闇に蠢く鬼どもより、どうかこの戦乱の世を救い給え!

 幼い子らの命をどうか守らせ給え!


 ここにいる不憫な童たちを、どうか成仏させ給え!


 この『鬼丸』で、闇の鬼どもを切り刻むには、鬼の心が必要となろう。


 どうか鬼以上の鬼となる神子に、この『鬼丸』を授け給え~!




 ここで真弓は我に返った。そしてマジマジと『鬼丸』を見つめた。

 やおら唇をギュッと噛み締めたかと思うと、真弓は寝室に向かってズカズカと歩き出した。


 「お、おい。君!」

 宮脇の言葉も今の真弓に聞こえはしない。


 「真弓!」

 そう叫ぶラウラが腕を引っ張ったが、真弓はそれをも振りほどいた。

 まさに真弓の顔は、夜叉に変わっていた。


 寝室の扉に手を掛けたかと思うと、思い切り開け放った。

 中では『ダーク・レディ』が、沢村に覆いかぶさり、長い舌で沢村の顔をペロペロと舐めている所だった。しかし、二人ともまだ服を着ている。真弓は一瞬、ホッとした。


 しかし、沢村の目頭や頬が酷く腫れ上がっている。

 (きっと沢村さんは闇縛りに遭いながらも必死に抵抗したんだ)


 「おい『闇鬼』!お母さんの体で、変なことをするな!」

 真弓の怒声に『ダーク・レディ』は呆気に取られた顔をして振り向いた。瞳孔は、爬虫類のように細長く、不気味な様相を呈している。


 「あらっ、どうしてあなたがいるのかしら?」


 「おまえを倒すためよ!」

 真弓の怒号が家中を震わせた。




闇鬼・第15話「覚悟」①   へ つづく





  ワカバ寄り道コーナー⑤


 おばあちゃんが大切にしていたお雛様です。



 昭和の初期のものでしょうか❓

もしそうだったら、戦火メラメラを間逃れて今に至っているんですねおねがい


 戦争はみんなの大切な思い出も壊しちゃうから絶対やめてハイハイ歩く立ち上がる



(闇鬼は毎週火曜日0時2分に更新予定です)