「俺が君のことをどんなことがあっても、守ってやる!」

 たったひと言だったが、真弓にはそれがすごく嬉しかった。




 真弓も沢村を見つめた。

 「でも、自分の命と引き換えになんかしないで下さい」そう言葉を返すのがやっとだった。


 「大丈夫だ。妹を想い復活したラウラの愛情には、遠く及ばないかもしれないけどな」

 沢村は、はにかむように笑顔を作った。


 沢村は、拳銃に弾が入っていることを確認して、ショルダーホルスターを装着した。

 車を再び発進させると、ゆっくりと十字路を右折した。


 その時だ。真弓の携帯から「くまのプーさん」のメロディが鳴り響いた。Eメールの着信音だ。慌てて携帯を開くと、何と送信者は鹿間だった。


 (まさか鹿間君の名を騙った『闇鬼』じゃあないでしょうね)

 しかし、内容を読んで、すぐに本物の鹿間だと確信した。イギリスからメールを打ってくれたのだ。


 「どうした?大事な用件かい?」沢村の問い掛けに、真弓はニッコリ笑って沢村の耳元で囁いた。





 玄関先でエンジンを切る。沢村は(行くぞ!)という顔で、もう一度真弓に目を移した。真弓は頷き、両肘をグッと脇に絞め、気合いを入れる格好をしてドアを開けた。


 さっきまで青空が広がっていたのに、何処から湧いてきたのだろう。真っ黒な雲がいつの間にか頭上を覆い始めている。

 一晩、留守にしただけなのに、一ヶ月ぶりに帰宅したような気がする。


 きれいに掃き清められている玄関を開けると、すでに清恵が立っていた。

「あまり遅いから、心配したじゃない。さあ、早く上がりなさい」清恵は、待ちきれないとばかりに、真弓を抱きしめた。


 「よく、無事で……。刑事さん、本当にありがとうございました」清恵は嗚咽しながら、沢村に深々と頭を下げた。

 「さっ、刑事さんもお上がり下さい。話はリビングでゆっくりと」清恵はそう言って、沢村を招き入れた。


 (『闇鬼』は、まだお母さんに憑依してない!だって、お母さんの匂いがしたもん。良かったぁ!)

 しかし真弓は、ホッとする気持ちを必死に抑えていた。


 「『闇鬼』は、人の心を読むことができます。気をつけて下さい」

 これが、真弓が沢村に耳打ちした内容の一つだった。

 二人は可哀想な位、無心に努めていた。とりあえず、椅子に座った真弓は、清恵の行動をつぶさに観察し続けた。


 「ところで、天宮さん。宮脇はどこでしょう?彼にちょっと話があるんですが」

 「あぁ、あの刑事さんなら沢村さんから電話があった途端、用事が出来たからと言って出かけられましたよ」清恵はそう言いながら、冷たい麦茶を沢村に差し出した。


「そうですか」

 変だ。あいつが俺に連絡もくれずに、持ち場を離れる筈がない。一瞬過ぎった心をまるで見透かすように、清恵がチラッと沢村を見つめた。


 「すみません。ちょっと電話を掛けてきます」

 リビングから出て行く沢村に、二人は軽く会釈した。と、すぐに真弓が切り出した。


 「ねぇ、お母さん。お父さんと真琴は?」

 「まったくお父さんたらひどいわ!真弓が無事戻ってくると聞いた途端、会社に行くと言って、出かけちゃったのよ」


 一呼吸おいて、清恵は話を続けた。

 「真琴なら大丈夫よ。まだ寝てるわ。昨夜は、あなたのことでお父さんも私も生きた心地がしなかったの。警察の方に呼ばれて、現場に行ったでしょう。だから、真琴はご近所に預けておいたの。きっと、気疲れしちゃったのかしら。眠ったきりで、まだ起きないのよ」


 「そう。それならいいけど……。でも、お父さんも冷たいよね。会社に行っちゃうなんて。帰ってきたら、とっちめてやらなくちゃ!」真弓は笑いながら麦茶を飲み干した。

 「そんなこと言ったら、お父さん可哀想よ。私たちのために、一生懸命働いてくれているんですからね」


 (お父さんのこと、心配してくれてる♪やっぱり、私のお母さんだぁ。良かったぁ。でも、そうなると沢村刑事にお願いした件はどうしよう)

 真弓がふとそんなことを考えているところへ、左手を後ろに隠すようにして沢村が戻ってきた。


 「ねぇ、お母さん。もう一杯麦茶が飲みたくなっちゃった。おかわりしていい?」

 自分でもわざと臭い演技だなぁと思ったが、清恵は「えぇ、いいわよ」と快く台所に立って行った。

 清恵の姿が完全に消えたことを確認して、真弓は沢村に向き直った。


 「沢村さん、どうもありがとうございます。すぐわかりましたか?」真弓は、沢村が隠し持っていた物を受け取った。

 「あぁ、すぐわかったさ。鏡台の横に立て掛けてあったよ。それにしても、これが何かの役に立つのかい?」

 「はい!さっきの鹿間君からのメールで確信しました。母が戻ってきたら、早速試してみます」


 それだけ言うと二人は黙り込んでしまった。

 テレビの上に置いてある卓上時計の秒を刻む音が、やけに大きく聞こえてくる。エアコンの心地良い冷風が、真弓の頬を優しく撫でていた。


 「ごめんね、遅くなって」リビングの扉が開き、清恵が玉のような汗を額に光らせながら、入ってきた。

 「うぅん、大丈夫だよ」真弓の唇がそう動きながらも、心の中は違っていた。


 (ごめんね、お母さん。こんなことしたくないんだけど、どうしてもお母さんが『闇鬼』じゃないっていう証拠が欲しいの)

 真弓の気持ちが罪悪感に包まれた瞬間だった。清恵が、この世の物とも思えないような目で真弓を睨んだのは。




闇鬼・第13話「闇鬼・第3次遭遇/英国からのEメール」④                      へ つづく



(闇鬼は毎週火曜日0時2分に更新予定です)