「腹が減ったろう?」奪衣婆は、二人の顔を見てやさしく言った。

 「減った、減った!もう死にそうだ!」

 「そうか、そうか。今、ラーメンを出すでな」

 「えっ、ラーメンがあるんですか?」真弓の目が輝いた。

 「あぁ、あるさ!この間『料理の鉄人』に出たとかいうラーメン屋の親父がここを通りかかって、教えてくれたんだぜ。でも、オババのはもっとうめぇぜ!何せ、オババしか作れない特製ラーメンだからな!」


 「嬉しい!わたしラーメン大好き!ここでラーメンが食べられるなんて、夢みたいよ~」

 オババは、真弓の弾んだ声を聞きながら、お盆に載せた瀬戸物の器を危ない手つきで持ってきた。

 ラウラと真弓は、ゴザにすぐに座った。


 お腹の空いた真弓にとって、器が茶色く変色していようが、ヒビが入っていようが関係なかった。

 ひん曲がった箸を受け取り 「いただきま~す!」とまずラーメンのスープから味わった。

 「美味しい!」

 「だろ!スープも上手いけど、麺も絶品だぜ!」

 そう言って、箸で掬い上げるラーメンを見て真弓は首を傾げた。麺と一緒に、黒や白の細い糸のようなものが絡まっている。


 (まっ、いっか)真弓も麺をたっぷりと掬い上げた。途端、箸が止まってしまった。

 「な、なに、これっ!」麺と一緒に絡まってきたのは、長い髪の毛だ。

 「これはオババの髪の毛だ。麺に絡まった髪の毛が何とも言えねぇだろ!栄養満点!これぞオババの『特製髪の毛ラーメン』だ!」


 「オエッ!」真弓は思わず、さっき飲んだスープを吐いてしまった。

 「なんだ、真弓!汚ねぇな!」ラウラが細い目を吊り上げて、睨んでいる。

 「わ、わたし、お腹いっぱい!これ、あなたにあげる。」

 「おっ、そうか。嬉しいなぁ。『闇パワー』倍増だ」

 ラウラは、ニコニコして真弓から器を受け取った。


 (なぁにが、『闇パワー』倍増よ。オエッ!)

 でも食べられなくて悪かったかな、(いやいやそんなことはない!)とふと目の前を見ると、奪衣婆の姿がない。

 いつの間にか、木の棒で支えられた窓が開いている。遠くで子供の声が聞こえたような気がしたが……。気のせいか。


 真弓は、「髪の毛ラーメン」をズルズルと食べているラウラの方を見ないように目を閉じて、音も聞こえないように耳を塞いでいた。

 「真弓、ホントは腹減ってるだろ?煮込み汁があるから、それをやる」

 スープをすべて啜ったラウラはそう言って部屋の奥へ行き、大きな鍋に背伸びをしながら一生懸命、木のお椀に何かをすくっている。


 (今度は、ちゃんとした食べ物でしょうね)

 真弓は、ラウラの運んできたお碗を覗き込んだ。大根や里芋が入っている。大きく千切った肉も柔らかそうだ。

 (これなら大丈夫だろう)真弓は箸をつけた。うん、なかなかいける。肉も美味しい。でも……!口の中でコリコリしてる。


 (何?まさか!)口から吐き出すと、小さな骨だ。

 (まっ、いっか)真弓はお碗の中をかき混ぜた。すると、ピョコンと浮き上がったのは!

 人間の小さな耳たぶだった。


 「ゲッ!な、なに、これっ!」

 おぜんにお碗を置く真弓の背中に向かって、いつの間にかどこかから戻ってきた奪衣婆が教えてくれた。

 「それは、人間の赤ん坊の肉じゃ」

 真弓はまたまた食べたものを吐いてしまった。


 「おまえっ!罰当たりな奴だな!」ラウラがまた睨んでいる。

 「あなたに罰当たりなんて言われたくないわ!」

 いきなり立ち上がった真弓は、一段低い玄関に飛び降りた。


 「人間の赤ちゃんの肉ですって!冗談じゃないわ!自分たちがやっていることがわかっているの?」

 「おいおい、ちょっと落ち着けよ」

 「落ち着いてなんかいられるわけがないでしょ!」


 興奮している真弓に向かって、奪衣婆が冷たい缶コーヒーを差し出した。

 「ほれ、これでも飲んで、頭を冷やせ。そいで、俺の話を聞け」

 なかなか受け取ろうとしない真弓に無理矢理、奪衣婆は缶コーヒーを押し付けて言った。

 「安心して飲め。今おまえの世界に行って買ってきたじゃ。俺は人間の銭をあんまり持ってないで、それしか買えんかった」

 真弓は、缶コーヒーのラベルを見て、ちょっぴりホッとした顔に変わった。


 「いまラウラが食べている赤ん坊の肉はの、訳あって親に殺された赤ん坊たちじゃ」

 缶コーヒーを握った真弓の手が、微かに震えた。

 「この世に生まれることのなかった水子たちじゃ」

 「水子って言ったら、『闇っ子』のこと?」

 真弓は、美香から見せられた水子供養のパンフレットを思い出した。


 「そうじゃ。おぬしがさっき見た『三途の川』の澱んだところにバラバラになった水子が流れてくる。そこから網で掬ってやるのじゃ」

 「わかるか?『掬う』っていうのは『救う』とも言うんだぜ」

 ラウラが水子の肉を上手そうに口に放り込んだ。


 「『救う』ってどういうことですか?いくら死んでても、食べちゃったら成仏できないでしょう?」

 「いいや。水子たちは成仏せず『三途の川』を何処までも何処までも闇に向かって、ただ流れるだけじゃ。ただ流れているだけじゃったら、いいがの。たまに『闇鬼』の餌になることがある」

 『闇鬼』という言葉を聞いた途端、真弓に何ともいえない悪寒が走った。

 「『闇鬼』は、水子の肉が大好きでな。水子を喰らい、力をつけて『闇鬼界』から飛び出していく」


 奪衣婆は、悲しそうな顔をして語り始めた。

 「おまえは今、この世に生まれる事ができなかった水子の怨念が『闇鬼』を作っていると思っておるじゃろ。その怨念が『闇鬼』の力となり、人間に復讐をしているのだと。そして、おまえはこうも思っている。水子を喰うのなら『闇鬼』も『ラウラ』も同じ種族に入ると。では、教えよう。『闇鬼』は『闇鬼界』という魔界に住む魔物じゃ。じゃがな、ラウラは元々は人間なんじゃ」


 (うそっ!)真弓の顔が引き攣った。

 だって、ラウラは自分たちと全然違う姿かたちではないか。

 「嘘ではない。いつだったか、おまえは、なぜラウラが自分たちを守りに来てくれたのだろう、と訊いたことがあったな。しかし、ラウラにはそれを上手く説明することができんかった。やはり、おまえはすべてを知り、ラウラと組むべきなんじゃ。さすれば、今まで以上の力がおまえたちに発揮されよう。すべてを話そう。よいな、ラウラ!」

 奪衣婆がラウラを振り返り、大声を上げた。


 ラウラは、頷くだけで真弓たちを見ようともせず、煮込みをパクついている。

 奪衣婆は、シワシワの顔に薄笑いを浮かべ、真弓をジッと見た。

 「ではゆこうぞ、二十八年前の世界へ!そこでおまえは、真実と向き合って来い!朝河清恵の細胞の一部となって……!」





闇鬼・第12話「ラーフラ」②

             へ つづく


(闇鬼は毎週火曜日0時2分に更新予定です)