「取り合えず、オババの所へ行こう。腹が減っているだろう?何か食わないと……。『腹が減っては戦は出来ぬ』ってことわざ事典にも書いてあったからな」

 ラウラはそう言って歩き出した。

 真弓も石に躓きながら、置いて行かれないように、ラウラのうしろ姿を追った。





 その頃、沢村と宮脇は現場検証の中にいた。


 「それでは、さっきおまえたちから聞いた話を整理するぞ」権堂はそう言うと、手にしたメモに視線を移した。


 「三日前の八成スーパー小戸吹店・女子事務員傷害事件の容疑者・宮崎努、四十六歳が、犯行現場にて掛けた携帯の発信先が、天宮清恵の娘・真弓の携帯であることを確認し、天宮家の張り込みを開始。これは、二十八年前に宮崎が強姦した女性が天宮清恵であった事から、もしかすると宮崎に共犯者がおり、第二の事件へ発展する恐れがあると判断しての張り込みであった……。ここまでいいな?」権堂の問い掛けに、沢村は黙って頷いた。


 「一旦、署に戻り昨夜再び張り込みを開始した所、午後七時四十分、天宮真弓が一人で外出。場所はここ、美花山中央図書館。午後七時五十五分、天宮真弓は、二階の踊り場へ上がったが、沢村と宮脇は一階・エントランスで待機。午後八時二十分、人が言い争う声がしたため踊り場へ上がると、黒装束の男達が天宮と天宮の友人と見られる少年にナイフを突きつけていた。しかし、なぜそのような状況になったかは不明である」


 権堂が、宮脇の顔をチラッと見つめた。目を伏せる宮脇に構わず、続きを読み始めた。

 「沢村と宮脇は、男たちに拳銃を突きつけた。その途端、踊り場に隣接する談話室が爆発。その衝撃で、おまえたち二人は気を失い、目が覚めたときには、天宮真弓と少年が死亡していた……。以上だな?」


 「はい、その通りです。間違いありません」沢村はそう返事をしながら、ボーッと夜空を見上げた。

 空には、満天の星が浮かび上がり、上弦の月がまるで無力な自分をあざ笑っているようにこちらを見ている。


 (くそっ!)沢村は、歯軋りをした。そんな沢村の横を何人かの捜査員が駆け抜けていく。

 「権堂警部補!死亡していた少年の身元が判りました。名前は、安良岡学、十七歳。黒辺高校三年生です」


 「右の耳下から喉元にかけて、頚動脈を鋭利な刃物で切られています。死因は頚動脈切断による失血死の模様です」

 「変死した天宮真弓は、どうやら呼吸困難による窒息死です。しかし、首を絞められた痕跡が見つからず、直接の死因は不明です」


 これらの報告を聞きながら、熊沢が溜息をついた。

 「踊り場には、無数の足跡が残っている。ざっと見ても、十五人はいたことになる。なぜ、市民の憩いの場が爆発された?そして殺されたのは、十七歳になる少年と少女だ。なんで、こんな夜遅くに図書館でデートしている二人を犯人たちは襲った?それも集団で……。テロか?夜の図書館で、テロリストの集会でもやっていたのか?」


 「沢村と宮脇が気絶している間に、十五人もの奴らがどこへ消えてしまったかですよ。ヘリコプターが犯行当夜、飛んでいた形跡はありませんしねぇ」そう言って、権堂は目を吊り上げて二人を凝視した。


 「まったくおまえら、肝心な時に二人揃って気絶なんかしやがって!」

 「すいません」宮脇が深々と頭を下げた。しかし、沢村はその言葉に反発するように、空を見上げたままだった。


 (本当にこれで良かったのか?こんなメチャクチャな現場検証、すぐにバレちまうんじゃないのか?)

 沢村は、安良岡が絶命し、真弓も息を引き取った二時間前の事を思い出していた。





 「宮脇、早くしろ!早く救急車を呼ぶんだ!」

 「沢村さん、ダメです。携帯がさっきの爆風で壊れてしまいました!」宮脇は泣きそうな声を上げていた。


 「くそっ!俺の携帯も使い物にならん!仕方がない。図書館の電話を借りろ!ドアに鍵が掛かっていたら、ぶっ壊して中に入れ!」

 「はい!」宮脇はすっ飛んで行った。


 踊り場に一人残った沢村は、呆然と立ち上がった。目の前には、メチャクチャに破壊された談話室がある。そして足元には、冷たくなっていく真弓と安良岡が……。


 (一体どうやってこの惨状を説明したらいいんだ。……化け物同士が戦って、こんなになってしまいました。少年に乗り移っていた化け物は自害して、もう一匹の化け物は、少女を竜巻の中に封じ込めて殺しました……。なんて、言えると思うか?こんな馬鹿げた話、誰が信じる)


 そこへ、宮脇が戻って来た。

 「沢村さん、どうやって上司に説明しますか?」

 「それを今考えていた所だ。本当のこと言ったら、笑われるどころか俺たち病院行きで、一生出て来られんぞ」


 「そうだ、絶対に言ってはダメだ」

 突然、背後で声がした。二人が振り向くと、ラウラが立っているではないか。眼球がなく、腹に汚い包帯を巻いている。


 「この野郎!」沢村は、ラウラを殴ろうとしたが、手が動かなくなった。

 「今は争っている場合じゃない!あの時はああするしか方法がなかったんだ。真弓は違う場所で魂だけは生きている、安心しろ」

 ラウラが左右本数の違う指を動かしながら、話し始めた。




闇鬼・第11話「賽の河原の奪衣婆」③

             へ つづく



(闇鬼は毎週火曜日0時2分に更新予定です)