美香からちょっとだけマックに行こうと誘われたが、そのまま別れ真弓は一目散に帰宅した。
 今日は、母・清恵の誕生日なのだ。

 「マコー、準備するよ」真弓はTシャツに着替えると、2階の真琴に声を掛けた。今日は2人で、清恵の大好きな五目寿司に挑戦することに決めていた。『すし太郎』は使わない。具はすべて自分たちで用意しようと真琴と話し合っていた。

 干瓢を急いでお湯で戻し、つゆの素で椎茸と一緒に煮てから、適当な大きさに切る。レンコンを薄く花形に切ってから、甘酢に漬けた。
 真琴は小さな手で一生懸命にさやえんどうのスジを剥いている。

 「おねえちゃん、ママ喜ぶかなぁ〜?」
 「あったり前よ。マコが作ってくれたお寿司だもん。涙流して食べてくれるわよ!」
 真琴はニコニコしながら、さやえんどうを笊に移した。

 真琴はチラッとキッチンの壁に掛かっている時計に目をやった。スーパーでパートをしている清恵が戻ってくるまで、あと1時間はある。
 「さぁ、さやえんどうを軽く茹でちゃおうね。それにしてもお父さん今日こそちゃんと時間通りに帰ってくるかしら。心配だなぁ。」

 昨年の清恵の誕生日、父の勝彦は買ったケーキを電車に忘れてしまい、探し回っていたため、帰宅がとても遅れてしまったのだ。
 真弓がその日のために注文したケーキだった。ラム酒に漬けてあるイチゴを丸ごとケーキの中にも外にも使用した特製で、雑誌にもよく紹介されるパティシエケーキだった。
 結局、見つけることができず、去年の誕生日は普通のショートケーキになってしまった。母親にせっかく食べてもらいたかったのに、ガッカリだった。
 自分で注文したからには、取りに行くのも自分でしなければいけなかったのだ。
 だから今年は気を落とさないためにも、自分で料理を作ろうと決めていた。どんな出来になるか不安ではあるが……。

 「よしっ。じゃあご飯が炊けないうちに合わせ酢を作っちゃおう。」真弓はそう言って、真琴の前に砂糖の入れ物を置いた。
 「砂糖を少しずつ入れてね。おねえちゃんがかき混ぜるから」
 真琴は「ウン」と言って、砂糖をスプーンにすくったが、手が滑ってドバッと入ってしまった。
「どうしよう」早くも真琴の目がウルウルとしてくる。
 「だいじょうぶ、だいじょうぶ!ちょっと塩を多めに入れちゃえ」

 真弓と真琴は歳が離れているが、本当に仲が良かった。自分はずっとひとりっ子なんだ、と思っていた真弓が11歳の時にできた弟だ。
 真琴が赤ちゃんの時に心臓の病気が見つかったが、例えそんなことがなくても自分は真琴をいつでも応援し励まし続ける姉なんだ、と思っている。でも本当は、たくさんの勇気を真琴からもらっているんだ、と自覚していた。

 「ご飯が炊けたから、お酢をふりかけるよ。おねえちゃんが混ぜるから、マコはこの団扇で扇いでね」
 真琴の必死の形相が可笑しくもあり可愛くもあり、いつまでもこんな幸せが続くといいなぁ、とフト思っていた。

 「ただいま〜」
 「あっ、ママだ!」真琴が玄関へ飛んでいく。清恵は自分の誕生日だというのに、自分でケーキを買ってきた。
 「2人が五目寿司を作ってくれるって言うから楽しみにして帰って来たのよ」
 清恵が額に浮かんだ汗を拭いながら入ってきた。

 「どう?上手く出来そう?」
 「うん、ボクさやえんどうを剥いて、いま団扇で扇いでるんだ」
 「そう。マコも一生懸命作ってくれてありがとね」
 清恵は、冷蔵庫にケーキを入れるスペースを作りながら微笑んだ。
 「あと薄焼き玉子を作れば、すべての具は完成かな。あっ、あとは最後にふりかける海苔をマコに切ってもらおうね」
 真弓が味見に寿司ご飯を摘んでいるのを見た真琴が「あっ、おねえちゃんずるい!」と叫びながら手づかみで自分も頬張った。
 3人は笑いながら、「あとはお父さんの帰りを待つのみ!」とお互い顔を見つめ合ったのだが。

 結局、勝彦が「ごめん、ごめん」と言いながら帰宅したのは、それから1時間以上経ってからだった。
 3人が膨れっ面で出迎えたのは、想像に難くない。
 「おなか空いた〜」真琴の声がキッチンに響き渡る。
 勝彦がきまり悪そうに席に着いた。見ると勝彦は新聞紙で巻いてある細長い包みを両手で抱えている。
 (ハハ〜ン、さてはお父さん、プレゼントを買ってて帰りが遅くなったのね。まったく、もっと前に買っておけばいいのに!)真弓は包みを横目でチラッと見た。
 (それにしても長い包みねぇ。ネックレスにしては巨大だし……。まったく!新聞紙で包むなんてムードがないんだから)

 勝彦は港関係の会社に入っていた。「港湾運送業」と聞いたことがあるが、どんな仕事なのか詳しいことは知らなかった。
 運送というからトラックに乗っているの?と小さい頃聞いたことがある。詳しく教えてもらったが、全然覚えていない。
 遅く帰ってくる度に「税関でなかなか許可が下りなかった」とか「コンテナのヘッドがいくら待っても到着しなくて」とか、そんなわけのわからない言い訳をしている。
 その都度お母さんは「それは大変だったわね」と軽く受け流す。
 自分の言い分を聞いてもらえれば、男はそれで済むのかなぁ、まっ、お父さんもお母さんも仲良くしてくれているから、わたしに文句はない。
 そんなことをいつも思っている真弓だった。
 それに今日はどうやら残業で帰宅が遅くなったのでないから良かった。
 (お父さん、頑張って帰って来てくれたんだ)
 子供にとっては家族の団欒が何よりのオアシスだ。

 「おっ、今日は真弓と真琴が作ってくれた料理か。よくできてるなぁ」
 綺麗に盛りつけされた五目寿司をみんなの前に真弓が置いていく。
 清恵は「鯵とトマトのカルパッチョ」をパート先のスーパーから買ってきた。心臓病のため肉やフライを控えなくてはいけない真琴のためだ。
 鶏肉はいいらしいが、揚げ物はダメ。だから、ケンタッキー・フライドチキンだってお店の前で香りだけ嗅いで我慢している真琴だった。その姿はいじらしい、と言うよりも天から与えられたイジメだ、と真弓は感じていた。
 ブロッコリーのたっぷりサラダも大皿で運んだ。
 最後に危ない手つきで真琴がテーブルの中央にケーキをのせて準備完了だ。

 「じゃあ、まずはマコとわたしからお母さんへプレゼント!」真弓の声で真琴が綺麗な花柄の封筒を清恵に渡す。
 「何かしら?……あら、あなたたちからの感謝状!」
 封筒の中には表彰状の柄で真弓と真琴の感謝の気持ちが綴られていた。
 「どうもありがとう」清恵の目が潤んでくる。
 「さ、今度はお父さんの大きなプレゼントを見ましょ!」清恵の涙でピリオドにしてはまずいと、真弓は勝彦のプレゼントへ場面を変えた。
 「よしっ、それではお父さんの……プレゼントだけど、見せる前にちょっと話を聞いてくれ」
 「えぇ、な〜に?何だか嫌な予感!」真弓の言葉に清恵も笑っている。

 「うん、実はな。お母さんのプレゼントに目星をつけていたプローチがあってそれを買いにいったのさ」
 「えっ、プローチ!それにしては大き過ぎない?」真弓が早く包みの中を見たいと手を伸ばすが、勝彦はそれを手で制しながら話を続けた。
 「近道をしようと裏道に入ったら、易者のおばあさんに呼び止められたんだよ。そのおばあさんにいきなりこう言われたんだ。『あなたは、奥様への誕生日プレゼントを買いに行こうとしてますね』ってね。いやぁ、びっくりしたよ。ピッタリ当たっちゃっただろ。その通りです、って返事をしたら『あなたの奥様に大きな災いが降り注ぐ』って言われちゃってさ」
 勝彦がそう言った途端、清恵の顔がアッという間に曇ってしまった。


            ……つづく


(闇鬼は毎週火曜日0時2分に更新予定です)