私にとって初めての死は祖母でした。当時、私は中学生でしたがそこから死についてずっと考えています。死とはどういうものなのか、死んだらどこにいくのか、生きている自分はどうしたらいいのか。


最近、自殺のニュースをよく耳にするようになり、とても悲しい気持ちになります。私の周りでもそういう話を聞きます。


私は、生きたくても生きられない人もいるのに自殺するなんて、とは思いません。彼らもきっと生きたくても生きられなかった人だと思うからです。


親より先に死んではいけない、自殺してはいけない、という前提は理解していますが、それは親や周りのエゴだとも思います。


親は子を持つと守るべきものとしてその子を大切に育てますが、子は自ら生きたいと願って生まれてくるのでしょうか。事象として単に親が子を作ったから生まれたとも考えられます。


この世に生まれた以上、どういう人生を歩むのかは人それぞれだと思います。全ての選択は自分にあるということです。他人と自分は違います。比べる必要もありません。生きたくても生きられない人がいるのに、という考えはお門違いな気がします。


と、ここまで書きましたが、決して自殺は自由という話ではありません。できることなら彼らを止めたいと思いますし、自分に何かできたのではないかとずっと考えています。


私がここまで書いた理由は、彼らの死に対して自分に納得できる理由がほしかったからです。


祖母が亡くなったときも、少しの間会えないだけでまたいつか会える、と自分に言い聞かせて過ごしました。そう思うようにしなければ自分の心は壊れたままになり日常生活に支障をきたすと感じました。


彼らがいなくなってしまった世界で生きることはとても悲しく辛いことですが、私は生きるという自分の人生を歩むことを決めました。こんな悲しい気持ちを家族や周りの人にさせたくないとも思いました。これは生きているからこそわかった気持ちの発見です。